この頃,内部統制が話題になっている。筆者の理解では,内部統制の重要な側面の一つは,「業務活動の記録を残し,可視性を担保すること」だろう。

 こう捉えると,内部統制は二つの要素で実現できそうだ。

 一つは従業員の業務活動を記録する。つまり,各人に日報という類の記録を残してもらう。ただ,この記録の残し方を考える際には,少し知恵を絞る必要がある。詳しくは後に述べよう。

 もう一つはコンタクト・トラッキング技術だ。代表的なツールが,いわゆるCRMアプリケーションである。このツールは顧客との「対話」を記録するのが主旨だが,それを通して,従業員の業務活動を記録できる。

 CRMアプリの主要な役割は,顧客(含む再販業者)とのコンタクト(接触)をインシデントとして記録するという機能で成り立っている。いつに,どこで,誰と会って,どのような話し合い(対話)をしたか,という記録だ。

 顧客の購買行動/消費行動を分析して,次に打つ手を編み出す。CRMアプリはこのような目的で,以上のようなデータを集めるのだ,とされてきた。一方,もしこの種の情報がきちんとデータとして記録されるのなれば,経営上,悪影響を及ぼす従業者のコンプライアンス違反行動を抑制できるのでは――。筆者はこう考えた。

 CRMアプリ,そして「Outlook」などの行動予定・管理アプリケーションを組み合わせれば,その手の「反コンプライアンス行動」を早期に発見できそうだ。ここで言う反コンプライアンス行動の意味は,「社会悪と非難され,ひとたび発見されれば企業としての事業継続を断念せざるを得なくなる“談合”」である。

 談合というともっぱら公共事業に関する建設業界を思い浮かべる。最近は「官製談合」などという言葉も飛び交っている。政治,行政,それに産業界が組み合わさった談合だ。

 ただ,詳細に商談の過程を分析すると,談合は民間企業だけの枠組みでもかなり頻繁に行われている。本来,競争入札にしなければならない案件を,顧客A社の担当者と納入業者B社の担当者で“仕組む”のである。当然,これはA社にとって不利益を生む。詳細は別の機会で触れよう。

CRMアプリで“談合”を抑制

 談合に参加したり,談合を主導したりする人は,おおかた営業分野の経験者である。そこでCRMアプリは,営業分野で働く人々に,いつ,どこで,誰にあって,どのような商談を行ったかの記録を残すことを,「業務上の責務」として要求する。

 管理者や監査人が,CRMアプリを介して入手される情報と,当該の営業担当者の業務行動(つまりOutlookなどの記録情報)を重ねて分析する。そうすると,ほとんどの場合,不可思議な業務行動が浮かび上がってくるはずだ。

 例えば,営業担当者が「どこかで誰かと商談する」と予定を立てている。だが,CRMアプリに商談記録がない。この場合,営業担当者がどこかでサボっていたことになる。喫茶店で時間を過ごすというのは,営業担当者の典型的な「逃避型の行動様式」だ。会社を「行ってきます」と元気に出かけて,喫茶店に直行して,漫画本を読みながら午前中を過ごした,などということは,さすがにCRMアプリの記録としては投入できないだろう。

 ましてや「同業者と会合して談合しました」などと記録を残す馬鹿はいない。証拠を残すようなものだからだ。

受領書からばれたロッキード事件

 CRMアプリやOutlookは,米国型の就業文化から生まれたソフトである。その思想は,「予定を計画して,記録を残す」ということなのだ。昔話だが,1976年に発覚したロッキード事件の際,事件が表沙汰になった発端は,ロッキード社に残されていた受領書である。有名な話だが,受領書には賄賂を「ピーナツ」と称して書かれていたそうだ。

 「そんなもの,何で記録として残したのだ」。東洋型の就業文化に育った日本の人々は思った。だが,賄賂の大金であっても受け渡しの確認が必要だという米国型就業文化では当然のことだった。つまり,大金を確かに渡したという証,決して着服していないという証――記録が必要だったのだ。

 米国には行政単位ごとに古文書館がある。古文書館には,行政のあらゆる記録が保存されている。何年か経って,あの施策はどのような経緯で,どう実行されたのかを検証するのに役立つ。ところが,日本にはこの手の施設はほとんどない。

 このため,日本では行政を検証する機会が米国に比べて著しく失われている。現在筆者が住む某市は昨年に,ある大通り沿いに広場を建設した。国の助成金を受けたのだという。これがどのような経緯で助成金を受け,そして建設されたのか,記録から調べようとしても,現実的な手立てはない。要するに,市民が「あれは税金の無駄使いだったのでは」と思っても,検証する機会がないのだ。これでは,日本の行政が「裁量行政」と称せられても仕方がないだろう。

 筆者は過去に,米テキサス州オースチン市のエネルギー会社,オースチン・エナジーのことを調べたことがあった。オースチン・エナジーはオースチン市の外郭団体で,オースチン市のエネルギー(電力,水道,ガス)サービスを担っている。オースチン市の図書館や古文書館を訪ね歩き,かなり簡単に同社の記録を閲覧情報として入手できたことを憶えている。

 同社は民営ではなく,市営である。記録を閲覧して,なぜ民営化しなかったのかとよく分かった。私の目を釘付けにさせたのは,「民営化すると柔軟な料金政策が採用できなくなる」という主旨のレポートだった。「民営化したエネルギー会社は利益を追求せざるを得ない,収入の少ない世帯向けの料金体系は止めるだろう」という見解が書かれていた(この調査はある企業がオースチン・エナジーの委託を受けて実施したものだった)。

そのソフトが生まれた経緯を知るべき