この連載では普段,ソフトウエアの海外オフショア開発の現場におけるノウハウを中心に解説しています。今回は「Watcherが展望する2007年」ということなので,いつもとは趣向を変えてグローバルな視点から海外アウトソーシングの傾向を書いてみたいと思います。

米国の一般的動向

 アウトソーシングにおいて,グローバル市場を牽引しているのは米国です。そこで米国の動向に少し触れてみます。米国では市場の成長や変化が大きいため,企業は自社リソースだけに限らず外部リソースを柔軟に活用する動きがあります。それが,自社の強みを活かし外部リソースを効果的に活用して,早期に市場対応することにより事業の成果を出すアウトソーシングです。

 米国のアウトソーシングには,(1)ソフト開発やインフラ管理などの1部の業務のアウトソーシングと,(2)会計事務・コール・センター業務・その他特定の業務のプロセスをまとめてアウトソースするBPO(Business Process Outsourcing)があります。

 現在は事業効果の大きいBPOが増加しています。初期のBPOでは業務をまとめて1社にアウトソースする大型契約のケースが多くありましたが,最近では自社でベンダ-のパフォーマンスをこまめに管理する動きが強くなり,さらに分野毎それぞれに強いベンダ-を複数活用して総合的な効果増大を狙うマルチソーシングも増えています。

 そのアウトソーシングがインド,アイルランドなどの海外オフショアに拡大しました。その理由として,(1)欧米と類似の文化圏で高い英語コミュニケーション力がある,(2)海外が低賃金や低コストで経済的に有利,(3)海外に優秀な頭脳とIT技術ベースがある,(4)海外の対応品質や能力が向上,(5)通信技術の発達により海外で効果的に業務を遂行できる,などが挙げられます。

 米国は英語圏,インド,東南アジア,東欧,南米などへ,そして大量のリソースが出現している中国へアウトソーシングを拡大していますので,アウトソースのマップに変化が見られます。以前マニラにて,米国からインドにアウトソースしていたコール・センター業務が英語が得意で細かなサービスサポートが提供できるフィリピンに移ったという情報などを耳にしアウトソーシングの急激な変化を目の当たりにしたことがあります。

 米国からのインドなどへのアウトソーシングはうまくいっているという情報もありますが,いろいろ調べてゆくと問題もあるようです。しかし米国企業は少々の問題にはこだわらずアウトソーシング成功に向けて様々な取組みを進めています。

海外オフショアベンダーの急速な成長

 海外のオフショアベンダ-は米国や欧州とのアウトソーシング取引を通じて,国際ビジネスのやり方,専門的ナレッジおよびノウハウを蓄積し強みを増しつつあります。特にインドや中国には,国際取引,専門性,人材,資金などの面で優れている企業が多くあります。

 日本は世界市場において,製造業を中心に技術力,市場対応などで強みをもっています。しかしIT/ソフトウエア分野では過去の資産がなくしがらみも持たない海外の方が進んでいる部分があり,日本として学ぶべき点も多くあります。

 実際にインド企業のシカゴ,アトランタ,サンノゼのオフィスを訪問した際,彼らが米国企業の技術者や経営層と直接渡り合い積極的にビジネスする姿を見て感銘しました。相手側企業にはインド人も多くいました。

 1980年代サンノゼやシリコンバレーに出張したとき,打合せ相手や目にする人々はほとんどが白人でしたが,2000年代なってサンノゼに行って見るとインドやアジア系の人々がとても多く米国IT市場の変化を強く感じました。米国の英語圏やインドとの連携には非常に強いものがあり,日本が簡単に真似できないところがあると感じています。

日本の状況

 日本企業は長い間,系列/関連企業を含めた護送船団方式を中心に仕事をやってきました。しかしバブル崩壊後,企業の多くが抱えていた人材やインフラのコスト負担に耐え切れず,企業本体を身軽にするリストラなどの改革を行ってきました。

 これまで日本国内では外部に出すアウトソースより,実際外注企業に自社内部に入り込んでもらい一体となって協働するインソースが多く行われました。現在でも,同じ場所で同じ時間に同じメンバが綿密にコミュニケ-ションして仕事を進めるケースで協働の成果が見られます。

 日本の製造業は海外に製造や開発の拠点を移して事業展開を進めましたので,海外経験の豊富な人材が比較的多くいます。しかしIT/ソフトウエア業界においては,技術者や管理者の多くが長年国内市場で日本人のみで仕事をしていたので,国際経験のある人材は多くない状況でした。

 そこに,大きなコスト削減が要求され,国内市場だけではその削減に限界があり,さらに優秀な技術者の確保も難しくなったため,海外オフショア開発/アウトソーシングに拍車がかかった次第です。そして大手から中小までの多くの企業が海外アウトソーシングへ挑戦し成功や失敗を経験しました。

 日本から海外へのアウトソーシングは米国ほどには進んでいません。しかしこの数年に大きな変化があります。筆者は,日本から海外に出されているオフショア開発などの事業量は年間3000億円近くではないかと推測しています。2010年には6000億円を越えるという予測も聞いています

 海外アウトソーシングには,コール・センター,データ入力などのBPO,ソフトウエア開発などの委託があります。BPOは日本との距離の近さと日本語対応有利性の面で中国中心に多く出ています。一方ソフトウエア開発については,組み込み系ソフト開発は技術経験を有するインドなどに出され,オープン系アプリ開発は日本との近さ,日本的商習慣対応で有利な中国に出されているものが多い状況です。さらに日本企業としてリスクヘッジなどのためベトナムなどへのアプローチも増えていますが,距離が近くリソースの質量の豊富な中国は依然重要なアウトソーシング先であることは変わりません。

海外アウトソーシング対応の改善

 インドは米国欧州からのオフショア/アウトソーシングで成功しその8割以上は欧米から仕事となっています。インド企業としては,欧米での成功ほど日本市場に浸透できていないので,(1)フロントに日本人の営業や技術担当を配備,(2)インド人技術者の日本(語)対応力の強化教育,(3)コミュニケーションギャップを埋めるオンサイト要員の配備,(4)自社の強い特定分野への集中などの打ち手を進めています。その改善には大きなものがあります。

 それに比べて,中国企業は日本からの距離の近さ,日本(語)対応力の強みを活かし,日本側も中国側の日本語対応に心理的抵抗が小さいこともあり,現在までかなりオフショアが進んでいます。日本からのオフショア/アウトソーシング事業量のうち,7割くらいが中国に委託されているのではないかと推測します。

 インドでも中国でもうまくいっているケースがあります。しかし問題のあるケースも多いのも事実であり,日本とのビジネス経験の不足,取引の不慣れ,日本語や英語などでの意思疎通がうまくいかないとの問題が指摘されています。そしてそれらの問題の原因が,国柄やその国の文化などだけにあるのではなく,アウトソーシングのやり方やプロセス,企業の対応,実行組織,個人の特性にも関連して発生していることはアウトソーシング経験者の知るところです。

 また米国企業が日本市場において日本の企業のアウトソーシングサービスに成功したので,そのモデルを踏襲して中国に持ち込んだところ急な離職の問題などが発生し行き詰まったという興味深い事例も聞いています。今後,上記の問題が,各国共通,各国特有,企業や個人特有などの視点で分析されて,日本企業と海外企業の間で対応の改善が進められるものと思います。

海外アウトソーシングの今後

 日本市場は日本だけの単一市場ではなく,変化するグローバル市場と密接につながっています。日本企業はその中で競合していますので,変化とスピードに対応することが求められています。IT/ソフトウエア市場のグローバル化,コスト削減要求,ソフトウエア技術者の不足に対応するため,海外アウトソーシングは日本企業にとって一つの有効な施策であることは否めません。日本企業にとって,優秀で安価な海外リソースの活用は経済の原理であり避けてとおることはできないと思います。

 また米国のアウトソーシング市場は開拓され新しいステージに進んでいますが,IT大国である日本は残っている市場です。今後各国の優秀なソフト会社や人材がアウトソーシング事業展開に焦点を当ててくるものと見られます。

 IT/ソフトウエアのアウトソーシングでは,海外側に長年のビジネスや技術の蓄積がなくても,頭脳,英語などによるコミュニケーション力,市場対応,異文化対応,起業家精神があれば,大きな設備投資なしに比較的容易に事業を行うことが可能です。そのため,今後新興国,新地域の優秀な頭脳のアウトソーシング市場への参入が続くと予想され,日本からのアウトソーシング市場には,多様な海外リソースが加わる新しい黒船の時代になるものと思います。

 日本企業の事業戦略として,(1)海外アウトソーシングをしない(国内資源だけで事業を進める),(2)海外アウトソーシングに積極的に取組む(業界の追い風に乗り弾みをつけて事業展開する)の2つの選択肢があります。

 何事にもプラスとマイナスがあります。現在海外アウトソーシングのメリットは大きいと認識する企業や人が増えています。優れた海外リソースの存在することを知り,一緒に仕事をして海外より学ぶことを経験し,業績向上を実感した企業や,それが可能との仮説をもつことができる企業は,今後海外アウトソーシングを積極的に進めるものと思います。

海外アウトソーシングはさらに多様化・進化する

 海外アウトソーシングの対応はこれからさらに多様化することでしょう。これまでに,プロセスやグローバル対応を重視するインド型,日本(語)対応に優れた中国型,日本に近い気質を活かしたベトナム型など様々なモデルが生まれています。今後さらに新しい国や地域のモデル,アジャイル型などの新しいモデルも生まれるものと思います。

 日本企業としては,事業業績向上のため,一部業務のアウトソーシングにとどまらずBPOに展開してゆくことが必要となります。そのためには,日本→海外の1方向ではなく,海外→日本も加えた両方向のビジネスを進めることが求められます。またパフォーマンスやリスクを考慮し,長期の戦略的パートナーや短期プロジェクト対応パートナーなどのカテゴリーに分けた対応も必要となります。

 日本には「アウトソーシング」の頭に「海外」をつけた「海外アウトソーシング」という言葉がありますが,欧米にはありません。彼らは世界を自分のテリトリーとしてグローバルに考えています。海外アウトソーシングでは,宇宙人と交渉するのではなく,文化・言語・習慣などの異なる国や地域の人々と交流し取引することになります。これからは「海外」を国内の延長として普通に対応してゆくべき時代に入ります。

 中国では入国/出国を入境/出境と言います。「境」を越えて別の地域に入る際はその地域に合った対応が求められます。この意味で,筆者は「海外アウトソーシング」は「越境アウトソーシング」と呼ぶべきではないかと思っています。「境」を越えて行き来したりビジネスしたりする場合,日本で当たり前のことが相手側でそうでないことがあるために,怪我をしたり痛い思いをすることがあります。そのようなことがないために,対応方法,ツール,ノウハウなどを鎧として身につけることが必要な時代に入るものと思います。

これからの対応

 企業を取り巻く状況は厳しくなってきており,市場への対応に要する時間と自社の保有する資金や資源は限られています。また各社,各組織の環境はそれぞれ異なりますので,自分の強みを認識しアウトソーシングによりその強みさらに強化するような戦略を立てることが求められます。

 今後は,アウトソーシング市場動向を参考にするとともに,自社や自分の組織の強みを生かして事業の目的や目標を達成するため,他人の言に惑わされず最適なアウトソーシング戦略を選ぶことが大事になります。インドのIT技術者が優秀だからとか,中国の技術者は日本語でうまく対応できるからなどの一般的情報だけにとらわれず,自社の目標達成のための最適な戦略を実行する方向に動くものと思います。

 海外アウトソーシングでは未知なことがあるため,問題があったときに海外と一緒に解決に向かって協働できるかが成功のポイントになります。信頼関係の構築にも焦点が当たるでしょう。

 海外アウトソーシングでうまく仕事をした人は,必ずといってよいほど,海外の優れた人材と協働して学ぶことを経験し仕事が楽しかったと言っています。これからは日本国内と同様に,一緒に仕事しやすく優れた人材を海外に見つけオフショアを進めるケースも増えるものと思います。

 今後変化するポイントとしてプロセスがあります。インプト/アウトプットと実行プロセスをきちっと決めてやるウォーターフォール型などのモデルは重要です。さらに日本市場の変化に対応するアジャイル的なプロセスやインソース的対応も開発改善されるものと思います。

 またアウトソーシング先の国や地域が広がりアウトソーシングに加わる人材も多様化してきますので,各国の特徴に対応するプロセスの調整と適合化,最適な人材と組織の検討が進むものと思います。

 欧米ではデジタル思考で何でも分析して分けて考える傾向があります。しかし日本では一般的にアナログ思考が多くすべてをまとめて一緒に考えて進みます。そのため,技術や知識移転のためのマニュアルは欧米に比べて少なく,人と人とのコミュニケーションでそれを補います。日本でOJTが効果的であるのはこの背景があるからです。

 今後は業務遂行と同時に技術や知識の移転,さらに育成を進めるようなアジャイル的プロセスも有効であり実行されるようになると考えます。欧米のプロセス重視のやり方も踏まえてさらに日本の人間同士のコミュニケーションで暗黙知を共有一体化しさらなる改善を進めるようなやり方に日本の強みが出てくるように思います。

 国内のIT/ソフトウエア市場では,技術者が不足しており海外アウトソーシングによる空洞化が懸念されています。海外アウトソーシングをグローバル人材育成の機会とし,日本の技術者や管理者に海外と直接対応させ,海外のよいところは採り入れて社内や組織をグローバル化し,日本人メンバを切磋琢磨させて育成することが日本の将来にとって重要であると考えています。