今回は,海外アウトソーシングプロジェクトの中で,外国人のプロジェクトリーダが突然やめると言い出して大変困ったときのことをお話しします。

 全体の期間が1年半,総工数がおよそ300人月の多国籍リソースによる大型オフショアプロジェクトをやったことがあります。そのプロジェクトが来月完了するというある寒い冬の2月のことでした。

 中国側オフショアプロジェクトのリーダとして十数人の技術者の中心となり,オンサイトやオフショアの作業を指揮してきたR氏が,突然,来月辞めると言い出しました。彼は人柄もよく,技術・日本語・対人折衝などの面で抜きん出たスキルをもっており,日本国内の顧客や社内開発部門からの評価は高く,厚い信頼を得ていました。

 この突然の離職話を部下から聞いた時,私は最初そんなはずはないと思いました。彼とは日頃からよくコミュニケーションしており,奥さんも一緒に海外メンバー全員でバス旅行をしたこともあったからです。部下に何かの間違いではないかと確認すると,「困ったことに本当です。次のプロジェクトで彼を当てにしていたので困っています。早く本人に会って説得して下さい」と,部下は悲鳴のような声で話しました。実際,4月から彼を中心にした次の開発プロジェクトが計画されており,そのスケジュールはタイトな状況にありました。

 プロジェクトリーダのR氏と開発チームは,本部から100kmほど離れた開発拠点で作業をしていました。私はその連絡を聞いた後,慌てて机の上にたまっていた書類の処理をすませ,翌朝一番で開発拠点へ出発しました。途中の電車の中で,私は「何か困ったことがあるときや会社を辞めるようなときは,事前に話してもらうようにコミュニケーションをとってきた。何か特別な事情でもあるに違いない」と思っていました。

どのように話しを切り出すか

 うまく話しを進めるため話題の切り出し方について,次の2つの案を考えました。

1案:一般的なやり方。頭ごなしに怒って説得する方法です。しかしこれは,これまでの海外対応で失敗しているのでまずいと思いました。

2案:相手側の話しをよく聞き,解決案を探す。理想的なアプローチですが,プロジェクトは次の開発テーマに進む段階であり,穏やかに話しができる状況ではありませんでした。

 「何とかしてこの危機を乗り越えたい」の一心で,私は焦る心を抑え,2案で対応することを決めました。

 まず会って話しかけると,彼は通常と変わった様子は全くなく平静な態度でした。私は「来月辞めると部下のTさんに話したそうですが,本当ですか?」と切り出しました。収入が問題ならアップを提示することも考えていました。

 彼が言うには,「申請していたカナダ・ビザが取れ,現在のプロジェクトも来月には完了するので,これを機会にカナダに移住します」とのことだった。私は,彼がカナダ・ビザを申請しているとは聞いていなかったので内心うろたえました。「彼はだいぶ前から辞めることを決めていたのだ。何故それがわからなかったのか」と悔やみました。

 しかし思い起こすと,部下の一人が「彼のところに知らないところからよく電話がかかってきます。何かありそうです」と言っていたのを思い出しました。その時私は,彼とはよく話しができているので問題視することはないと高をくくっていたのでした。

 「カナダへの移住を決めているのですか?」と確認すると,家族との話しで決まっているとのこと。外国人の離職は大抵の場合,本人と家族の都合の両方の判断で決まります。私は移住することが決まっていればもう本人を引き留めることはできないと諦めました。残る対策は,どのようにして彼の業務を引き継ぎプロジェクトをうまく実行していくかということでした。そこで,じっくりと話しをしながら彼の考えを聞き,対策を検討しました。

状況を整理すると解決策が見えてきた

 彼の状況を整理すると以下のようになります。

1. 3月末の離職と移住を決めている
2. 移住先の仕事や就職先はまだ決まっていない
3. カナダでなら仕事をすることができる
4. 就職先が決まるまでは条件次第で現プロジェクトの仕事をすることができる

 今後の対応について調整した結果,(1)カナダでの仕事が見つかるまで,カナダで我が社の仕事をしてもらい所定の業務委託費を支払う,(2)日本でのオンサイト作業を行う時はカナダ~日本の往復航空券,滞在費,日当を支払う――などで合意しました。

 運よく,同プロジェクトではR氏の他にもう一人のプロジェクトリーダK氏がいましたので,彼に技術とプロジェクト管理対応を移管する手はずを整えました。そして,3カ月後,すべての業務のK氏への移管を完了し,難局を乗り切ることができました。その後R氏は日本を離れカナダに移住しました。

 辞めるつもりなら半年以上前に間違いなく事前に話してもらえると考えていたのは甘い思い込みでした。実際中国では,技術者が退社する直前に申し出るケースは多いと聞いています。中心的存在のリーダが突然離職するという難局を何とか乗り切ることはできたものの,大きな悔いが残りました。今後このようなことはもう繰り返さない,不測の事態に直面しても速やかに対処する,と心に決めました。

 ここで学んだ教訓は次のとおりです。

1. 外国人技術者は確固たる自分の道をもっている。それが会社の業務と合えば協働する。しかし合致しなければ自分の道を進む。一度決めたら多少の条件変更が提示されてもその意思を翻す可能性は少ない

2. 外国人技術者は自分の将来性と家族を重要視する。自分の進む道・子供の教育・家族のことを総合的に考え将来の方針を決める

3. 相手にメリットを与える考え方で対応するのがよい。仕事を続けてくれと頼むより,相手の状況を考え,メリットを与えるアプローチがよい

4. 常に代替案を考えておくことが必要。スキルの高い人材が抜けると大きな痛手となるので,複数の人材を確保しナレッジ蓄積も強化する

 その後も,インド,フィリピン,ベトナムなど,様々な国の技術者や管理者と協働しましたが,幾人かはいろいろな事情で職場を去っていきました。右腕であったシンガポール人は,子供の教育の関係で母国または中国での仕事を希望してきました。調整に努力したものの,会社都合でそれが実現できないとわかった時,彼は退社しました。

 こうした出来事を機に,私は考え方を変えました。当人にもやりたい仕事や住みたい場所があるでしょう。一緒にやった仕事が本人の自己実現の場となり,結果的に両者がメリットを享受できればそれでよいのではないでしょうか。彼らの夢多き将来と発展を願っています。

活用するが全面的には依存しない

 人材の引き留め策として,契約締結,ストックオプション,正社員化,事業成長,企業グループ化,給与待遇向上,人間的つながり,などがあります。これらは確かに一定の効果があります。あるインド企業の管理者は,多額の収入とストックオプションの付与を受けているので,競合先からのヘッドハンティングにも魅力を全く感じていませんでした。一方で,日本企業に一定期間離職しない契約で入社した海外の技術者が,日本で2年間仕事を経験した後,違約金を支払って辞めたという例も聞いています。

 雇用する企業と雇用される人材の両方にメリットがある時に協働が生まれ,それがなくなれば人材は去っていくという現実を,私は目の当たりにしてきました。できれば有能な海外からの人材と長くよい仕事をして大きな成果を出したいと思っていますが,なかなかそうはいかないのが現実です。人材が絶対に辞めないという完全な策は見当たりません。私は条件が合わなくなれば辞めることがあるということを前提に「活用するが全面的には依存しない」という姿勢が大事と考えています。

 この件以来,私は外国人技術者とのコミュニケーションを通じて,現状に満足しているか,辞めるような気持ちがあるかどうかを早く察知できるような仕組みを考え、試みてきました。相手が離職を考えている場合,日頃の対応や態度が変化するので辞める意思があることがわかるケースもありました。

 3カ月毎に目標管理シートに使って目標の達成度合いを確認する方法も有効です。最初に外国人技術者に,業務目標,スケジュール,成果物,課題,達成の方法などを書いてもらい,日本側の管理者が内容をレビューし,両者で確認し,3カ月後にその達成度をチェックするやり方です。こうすると,彼らが頭の中で何を考えているかがよくわかります。

 また,Face-to-Faceで仕事の進捗を確認することと合わせて,目的意識,強みの発揮,理念の実現といった切り口で,会社だけでなく本人に焦点を当てモチベーションを確認すると,本人の考えが表面に現れてくるので理解しやすくなりました。そしてモチベーションが高まると,個人や組織のパフォーマンスが大きく向上することを体験しました。

離職対応なしの海外アウトソーシングはあり得ない

 IT市場のグローバル化の動きは速く,我々がコントロールできるものではありません。我々にコントロールできることはコントロールするよう努力し,コントロールできない部分については常に代替案を考慮しておくことが大切です。

 その後も何度か,社内や委託先の外国人技術者が離職することがありました。しかしもう,あの中国人のプロジェクトリーダが突然離職したときのような大きなショックはありませんでした。海外アウトソーシングでは,従来の日本の終身雇用的アプローチを大事にするとともに,人材離職に耐えうるようなマネジメント力をもつ必要があると思います。それなしに,変化するグローバルIT市場での海外アウトソーシングはあり得ないと思う次第です。


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