情報通信省の設置をもう一度考えて見てはどうだろうか。2001年の省庁再編時に旧郵政省や旧通商産業省などの情報通信関連の行政を一元化するために、情報通信省の新設が議論された。小泉内閣時代にも検討されたという。今回、再びその機運が高まりそうなきっけになりそうなのが、安部晋三首相が06年9月29日の所信表明演説で掲げた「イノベーション25」である。

 イノベーション25はITや医薬、工学の3分野を重点にした技術革新によって、2025年までの長期的な視野で日本の社会、経済発展を図ろうとする成長戦略である。2007年6月頃までに具体的な施策に落とし込む予定で、10月26日に黒川清氏を座長とするイノベーション25戦略会議の初会合が開かれた。ここで、大きな問題の1つになると思われるのが、実行フェーズに入った段階で、どの省庁がIT関連施策の受け皿になるのかだ。「ITがイノベーションのエンジンになる」ので、そうした展開を予想する業界関係者は少なくない。

 事実、ITシステムは企業の新しい商品やサービス作り出す上で欠かせない存在になってきたし、自動車や家電、医療などでIT技術を組み込んだ製品が急増している。その一方で、すべての産業の基盤がIT技術となれば、ITシステムや組み込み製品のトラブルは社会問題化してくる。その傾向はますます強まっているが、「自動車と電機、医療など産業ごとにITを活用によるイノベーションは異なるだろう。人材育成や制度の問題も手を着けなければならないだろう」と業界関係者は見ている。

 イノベーション25は内閣府主導で推進されているが、IT関連予算がつけば各省庁のせめぎあいということになるかもしれない。もし複数の省庁に予算が分散すれば、小粒な政策になってしまうかもしれない。「それは避けてほしい」。業界はそういう思いだ。

 安部首相が20年後の社会をどう創造しているかにも関わるが、「イノベーションの推進にIT産業の競争力確保は必要不可欠になるだろう」とIT業界は期待をかけている。ただし、ここでのIT産業は既存のIT産業とは異なる。産業の枠組みが変わる可能性もある。その典型は自動車だろう。100個以上のチップを搭載した自動車はITの塊で、組み込むソフトの開発力も売れ行きを左右する要素である。と考えると、新しいIT産業の中で、自動車は間違いなく重要な位置を占める存在になる。従来型のIT企業だけが、IT産業を担うものではなくなりつつあるのだ。

NGNでキャスティングボートを握る

 こうした中で、総務省が10月6日、情報通信産業の国際競争力強化に向けた基本的な戦略を検討するICT国際競争力懇談会を設置した。e-Japan戦略が着実に実行され、ブロードバンド環境が整備され、携帯端末の高度化も進んだ。ところが、日本製の通信関連機器の世界シェアが低い。それが何故なのかという問題意識が、懇談会設置の根底にあり、海外市場に打って出るには何をすべきかを議論するようだ。具体的には、次世代ネットワーク(NGN)、移動通信、地上デジタル放送などの現状分析、あるべき姿、今後の具体的方策を検討する。特にNGNへの期待は高い。「国際的な標準化のキャスティングボートを握れるチャンスがある」と思っているからだ。

 経済産業省もIT産業の国際競争力強化に動き始めている。その先頭に立つ電子情報技術産業協会(JIETA)は7月にIT産業の国際競争力に向けた提言「情報システム産業ビジョン2016」を公表した。総務省の基本的な考え方と大きな違いはないように思える。総務省はITC、経産省はITと、使う言葉は異なるものの、共通点は数多くあるのではないか。関係者によると、JIETAの提言内容について、総務省から問い合わせもあったという。ビジョン2016のメンバーは富士通、NEC、日立製作所、日本IBM、東芝、三菱電機、松下電器産業、日本電子計算機の8社だが、ICT国際競争力懇談会に富士通、NEC、日立、松下電器の社長らも入っている。

 ITベンダーはこうした様々な委員会やプロジェクトに参画しているので、「リソースが分散されている」と嘆く。同じようなことを議論すれば、無駄なことになる。重複しない部分もあるだろうが、どの委員会も同じ顔ぶれで同じような議論をしていても発展性はないし、革新性も生まれるはずがないだろう。「本当に一線級を出しているのか」と疑問を呈する関係者もいるし、それよりも思い切ってITベンチャー企業の経営者やITベンダーの若手を参画させて議論すべきだという声もある。

 ある業界関係者は「総務省はブロードバンド、地上デジタル放送などの数値目標を明確にし、アナログからデジタルに向かってどうするのかの政策はクリアである。一方、経産省はグーグル対抗の大航海など1つ1つの施策やターゲットがバラバラに見える。ただし、大きな目標を掲げる。かつて富士通や日立、NECなどコンピュータメーカー6社を再編し、米IBMに戦うという施策はその典型だった」とし、総務省と経産省が組めば、よりよい施策が打ち出るのではないかと期待する。そこに世界最高速のスーパーコンピュータ開発などに取り組んでいる文部科学省のIT施策も加えてはどうだろうか。

 そこで、IT産業育成に関係した機能を集約し、イノベーション25の受け皿ともなる情報通信省の出番が出てくる。IT施策の一元化である。ただし、利用者の見えるIT施策、つまり何を目的に、ITの先端技術を開発、活用するのかを忘れてはならないだろう。

 そして、次に議論されるのは、通信会社とITベンダーの再編となるかもしれない。

注)本コラムは日経コンピュータ06年11月27日号「ITアスペクト」に加筆したものです。