ワーク・ライフバランス 代表取締役社長 小室淑恵氏

 ネットエイジでインターンを経験した私は,大学を卒業後に資生堂に入社しました。資生堂を選んだ理由は,私の人生テーマである「育児と仕事を両立し,安心して働ける日本をつくる」ことが実現できる会社だと思ったからです。それが実感できたのは,面接で出会った女性社員たちの表情です。すごく輝いていて素敵だなと思いました。

 入社直後は,マーケティング企画部門に配属されました。奈良の営業所に勤務し,取引先を20件ぐらい担当して走り回っていました。

 人生1年目もそろそろ終わりになる頃,私は本社からの1つの通達に眼を留めました。資生堂の新しいビジネスを模索するため,ビジネスモデルコンテストを開催するというものでした。私はすぐに,これに応募することに決めました。私が掲げる人生のテーマに一歩近づくチャンスだと考えたからです。

 スザーンとの共同生活の中で得られたこと,ネットエイジでの様々な経験を生かし,私は「インターネットを利用した育児休業中の人を支援するラーニングサービス」という企画を提案しました。現在,当社が提供しているサービスarmo(アルモ)の原型はこのとき生まれたのです。

 資生堂の事業領域からは全く遠い提案でしたが,役員会での最終プレゼンで私の事業内容を聞いた役員層から「この事業提案は資生堂のビジネス領域から大きく外れているが,その視点は決して会社の主流にいる社員から出てこないものだ」と評価いただき,コンテストで優勝しました。

入社2年目で新事業を立ち上げる

 ビジネスモデルコンテストでの優勝を機に,私は本社に異動し,経営企画室IT戦略担当に抜擢されました。そして,育児休業者の職場復帰支援サービス「wiwiw(ウィウィ)」の立ち上げに奔走する日々が始まったのです。

 立ち上げ当初,社内のwiwiwに対する評価は決して好意的なものではありませんでした。「育児休業者のためのeラーニングは事業として成り立つのだろうか」と懐疑的な人も少なくありませんでした。

 システムの開発は,大手を含め,コンペにしたところ,育児休業者の復帰支援という事業のコンセプトをしっかりと理解してくれた京都のベンチャー企業に開発を委託することにし,何度も打ち合わせを重ね,システムを形にしていきました。開発が始まって半年後にプロトタイプが出来上がり,資生堂の300人の育児休業者に協力してもらい,実際にeラーニングや掲示板を利用する実証実験を行ないました。300人もの育休中の社員モニタからシステムに対する意見や評価をいただけたことは,大変貴重な財産となりました。wiwiwはとてもたくさんの人の協力によって出来上がったシステムなのです。

 wiwiwはブラッシュアップを重ね,2002年から外販を始めました。しかしその当時,「育児休業中にスキルアップする」というコンセプトは一般企業にはまだ中々受け入れられず,初年度にはまったく企業には導入いただけませんでした。「リストラをしているようなこの時期に,育児休業者の復帰支援なんて発想はないよ」と多くの企業の人事担当者に言われました。

 それが2003年に入り,風向きが変わります。少子化問題への政府の取り組みが本格化し,次世代育成支援対策法が制定されました。企業は育児中の社員支援として具体的な対策が求められるようになり,「早急に,何か具体的に育児休業者の支援をしないと。他社での成功事例はないかな?そういえば,昨年何か資生堂のプログラムの紹介を受けたっけ」というような形で思い出してもらい,急にwiwiwの導入が進んだのが2003年でした。

 2004年にはまだ赤字でしたが,日経ウーマンオブザイヤー2004のキャリアクリエイト部門も受賞させていただき,さらに導入が進みwiwiwの事業は黒字化しました。

 wiwiwを企業にご紹介する中で,非常に強く感じたのが『育児休業者の支援ももちろん必要だけれど,育児や介護など,様々な制約を抱えた社員が増えることを見据えて,企業も非常に悩んでいる』ということでした。ワーク・ライフバランスの取れる企業に変革していきたいけれど,具体的な方法がわからない。残業時間が多く,体力のある男性だけが勝ち残るような企業風土をこれからは変えていきたいと考えて方法を模索している。そういった企業さんから多く相談をいただくようになりました。

 これからは,ワーク・ライフバランスのトータルコンサルティングが求められているのではないだろうか?休業者支援と共に,企業支援をすることで,ワークとライフを両立して,安心して働ける日本社会を作りたい!と強く思うようになり,独立を決意しました。

退職,出産,そして起業

 起業できたのは,背中を教えてくれる仲間たちがいたからです。ネット・ベンチャーの法務部を辞めて立ち上げに参画してしてくれた仲間,名古屋の大手企業を辞めて参画してくれた経理に詳しい仲間など各方面から集まってきてくれました。

 運命とは不思議ですね。資生堂に辞表を出した翌日に妊娠がわかりました。「これから会社を作るときに」と不安もありましたが,逆に「仕事と育児の両立が私のメインテーマなのだから出産を経て視野が広がることはきっとプラスに働くに違いない」と自分を奮い立たせ,仲間たちと一緒に出産と会社設立の準備を同時に進めていきました。

 そして今年4月に無事出産を終え,7月にワーク・ライフバランスを設立。9月にはwiwiwを発展させたarmo(アルモ)のサービスを開始しました。wiwiwは育児休業者のための復帰支援サービスでしたが,armoは育児休業者だけではなく,介護休業者やうつ病の私傷病休業者,そのほか様々な事情で仕事を休まなければならない人の職場復帰を支援するシステムになっています。

 11月にはarmoがEC研究会の第3回「日本ブロードバンドビジネス大賞」を受賞しました。社会問題の解決の一助を担うツールという位置づけが評価されたのでしょう。とてもうれしく思いました。導入企業数も販売開始から3ヶ月で100社を超えました。

 私たちの会社では,システムを導入して終わりというのではなく,armoの仕組みを組織に根付かせるため,様々な運用コンサルティングを行っています。ワーク・ライフバランスに対する意識は,大企業を中心に高まっていますが,まだまだ多様な働き方を認める社会になっているとは言えません。ワーク・ライフバランスを社会に広く普及させることを目指して,毎日努力を続けています。


【小室淑恵氏の略歴】

日本女子大学文学部在学中に渡米し,住み込みのベビーシッターとして生計を立てる。住み込み先のシングルマザーの女性が育児とキャリアを見事に両立している姿に衝撃を受け,育児と仕事の両立支援を自らのテーマと位置づける。帰国後,大学4年時にITベンチャーのネットエイジでインターンを経験。全社営業成績の87%を稼ぎ出す偉業を達成。99年,資生堂に入社。翌年,社内のビジネスモデルコンテストで優勝し,本社経営企画室IT戦略担当としてインターネットを利用した育児休業者の職場復帰支援サービスの新規事業「wiwiw(ウィウィ)」を立ち上げる。2005年9月に資生堂を退社後,ワーク・ライフバランスを設立。育児休業者,介護休業者,うつ病など私傷病休業者を対象とした職場復帰支援プログラムarmo(アルモ)を開発し,2006年10月からサービス提供を開始した。armoは2006年11月に第3回「日本ブロードバンドビジネス大賞」を受賞。