現在執筆中の「私と4004」の脱稿を前にして興味ある本に巡り合った。半藤一利さんと江坂彰さんの共著「日本人は,なぜ同じ失敗を繰り返すのか」(光文社刊)である。

 本文中の「情報を正しく読み解く4つの心得」で,江坂さんは次のように述べている。


 “情報を読み解く総合知”とは,つまるところ,歴史と教養,先見性に基づく情報の読み方になります。そうした総合知を持つ人間だけが,情報を正しく読み解ける。そして,情報に接するとき,注意点がいくつかあります。
1.成功体験を捨てる。
2.先入観を持たずに,情報の読み方を間違えない。
3.判断するときには2つ以上の違った意見を参考にする。
4.情報が100%完全に集まることを期待しない。

 創造的開発に成功したときの経緯を振り返ってみると,自分でも意識していたかもしれないが,江坂さんが指摘した注意点を守っていたことを再確認した。

 4004の開発時に,開発に成功したプログラム論理方式を搭載した汎用LSIに固執したら失敗しただろう。

 1MHz以下の動作周波数で,しかも,超簡単な命令セットしかない玩具のようなプロセッサLSIのみの開発という先入観でホフ(テッド・ホフ博士)の提案を検討したら失敗しただろう。

 命令セット・アーキテクチャの決定に当たって,応用技術者として,2進コンピュータと10進コンピュータのそれぞれの長所・短所を認識・分析しなかったり,コンピュータ技術者による問題解決方法と応用技術者による問題解決方法とを比較・選択・決断しなかったりしたら失敗しただろう。

 最大搭載可能トランジスタ数,ランダム論理用LSI設計手法,ビジコン案LSIのインテル以外での実現可能性などの情報を数社から入手し,危険度の把握をしておいたことも成功の一因だっただろう。

70%の完成度で仕様を決定

 使用可能なトランジスタ数の制限により,豊富な命令セットを搭載することは不可能だった。検討項目として,性能やプログラム量がボトルネックになりそうなマクロ命令と機能,キーボートと表示とプリンタなどペリフェラル機器のプログラムによる制御方法,それら多種多様なペリフェラルと演算間のリアルタイム制御方法,マクロ命令の実現方法と実行方法などがあった。それらの解決方法を考案し,プログラムを作成して確認するには膨大な時間が必要と推測した。

 ところが,電卓ビジネスとLSI開発スケジュールを考えると,100%の情報を待たずに仕様を決定しなければならなかった。期間内に100%の情報が完全に集まることは期待できなかった。4004の場合は,3カ月の期限内にでき得る限りの検討を行い,70%ほどの完成度で仕様を決断した。決断と同時にちょっとハラハラしたが,自分の考えが正しいと信じて,英文による図を多用した機能仕様書と設計計画書を作成し,ビジコン側からの要求としてインテル側に渡した。

 本文中に「激動期に必要なのは,衆議独裁型リーダー」と「どんなすぐれたリーダーでも『偉さには旬がある』」など,江坂さんの主張がある。創造的開発である破壊的イノベーションに当たっては「激動期に必要なのは,衆議独裁型リーダー」が必須である。

 8080開発の十数年後の話である。関係者が集まり討論して決定したのに,「こんな命令も入れたかったと主張したのだが受け入れられなかった」と論文に書く人が現れた。呆れてしまった。開発とは,決して振り返ってはいけないものだし,ある時期に仕様を固めて,猛烈なスピードで開発をやり抜かなければ成功しない。すべての情報を待っていたら,8080の開発は6カ月ほど遅れ,1973年10月に始まった第4次中東戦争によるオイルショックでプロジェクトは挫折しただろう。討論は自由闊達にやるが,決断したらリーダーにすべてを任せなければ成功しない。

持続的イノベーションのリーダーは寿命が短い

 Pentiumシリーズが開発されていた頃の話である。マイクロプロセッサに関する学会に出席したときに,Pentiumシリーズを担当していたマネジャーである知り合いに会った。ちょっと沈んでいるので,どうしたのだと聞くと,第一線から外されたと言う。

 破壊的イノベーションにおいては,常に新種の開発を行うから,何世代でもリーダーであり続けることが可能である。しかし,持続的イノベーションにおいては,2世代くらいしか第一線で働けない。垢が積もってしまうのである。