前回は,5分間指導に必要不可欠な「逆切れさせない工夫」を説明しました。

 私の指導は,人が慣れ親しんだ習慣(=脳が楽な行動を選択するパターン)を変えることを強いるので,どうしても厳しめの言葉となってしまいます。人を育てるというのは,簡単ではありません。部下と喧嘩してでも,問題のある行動を変えてやるくらいの気持ちがないと,上手くいかないことを理解してください。

 それでは,次の5分間指導に移りましょう。今回も部下である岡田とのエピソードです。

 当時,私たちの主な仕事は,大手販社A社との販売提携の交渉 でした。システム部門の私たちは、先方の販売現場で使用する システムと先方の基幹システムに接続するシステムの機能を先 方に提案したりするというものです。

 私たちは,A社の販売企画部門,IT企画部門に「気に入ってもらえる」仕様を考え,何回も提案し固めていく仕事をしていました。しかし,岡田は,今までシステム開発を7年くらいしており,このような仕事の経験はなく,提案とはどのような能力が必要なのか分かっていませんでした。

 そこで,私は機会があるたびに,少しづつコミュニケーションスキルやヒューマンスキルを岡田を指導することにしたのです。

仕事を丸投げするヤツは出世しない

 岡田が,私の部下として仕事を始めたころの話です。提案先のA 社のIT企画部門から「当社の商品発注から貴方での出荷,当社 到着までの業務フロー図を説明してほしい」と言われたことが ありました。当時,われわれの会社は,直販しかなく,販社を介 して商品を市場供給していなかったので,販社に説明できるよ うな綺麗なドキュメントがありませんでした。そこで,これを作成する必要が生じたのです。

 ところが,発注から納品までの業務は,当社内のさまざまな部門に分かれており,特定の部門にお願いしても,ラチがあきません。そこで,私は岡田に資料の作成を命じることにしました。

 岡田はかなり抵抗しました。その理由は,「自分は業務を知ら ない」ということ。「知らないので書けない」というのです。 そこで,私は岡田に「各部門を利用すればいいじゃないか」と 言いました。これだけ言えば岡田が「自分には,何を求められ ていて,どう動けばよいのか,何をすればよいか」当然分かると 思ったのです。

 岡田は「あ,それでいいんですね」という顔をして安心し,「分かりました」と答えたのでした。

 そして,1週間後,岡田が「できました」と資料を持ってきました・・・

芦屋:(一通り読んで)岡田,これ何なの・・・中間状態か?

岡田:いえ,これで完成みたいですよ。各部門から出てきましたので,完成と見ていいと思いますよ。

芦屋:「完成みたい」ってどういうこと・・・これ,フォームがバラバラだし,言葉は統一されていないし,お前は,これ,理解できているの?

岡田:私は業務分からないですし・・・中身は各部門に聞かないと・・・

芦屋:岡田,これ説明するの誰?

岡田:それは,芦屋さんですよね?

芦屋:なら,俺が,各部門に聞くのか?

岡田:いえ・・・私で分かる範囲なら,私が聞かせていただきますが・・・

芦屋:岡田,だったら,君はこの仕事で,何をしたの?君がつけたバリューは何?

岡田:はあ・・・・各部門に依頼し,取りまとめましたが,何か・・・

芦屋:なあ岡田。それは「丸投げ」だ。君に頼んだ意味がない 。そんなんなら,自分でやった方がはるかに早い・・・いいか ,仕事ができると言われたいなら,「丸投げ」は絶対駄目だ。 仕事を丸投げするヤツは出世しない。上から命じられた仕事を下に投げるだけの「中間管理職な人間」になってはいけないんだ。

岡田:でも,私は分からないから,できないですよ。

芦屋:だったら,何ができるんだ?お前は,今知っている範囲でしか,仕事ができないのか。もう,新しいことを学ばないのか?

岡田:それは・・・

芦屋:いいか,仕事を上手く進めて周囲から認められるためには,仕事に「価値」を付加しなくてはならない。分かるか?

岡田:価値?

芦屋:いいか,上司から仕事を「頼まれる」ということは,「試されている」んだ。部下がどんな価値を付加してくれるのかを見ているんだよ。そこで,高い価値を見せれば評価され,そうでなければ「駄目」と見なす。上になればなるほど,みんなそう見てる。

岡田:・・・

芦屋:まあ,実行するか,しないかはお前の自由だ。でも,俺は丸投げはしない。他人に「丸投げ」するほど怖いことはない。他人に自分の運命を委ねるのは嫌だね。もっと言おうか,「丸投げ」しないことは知識や経験を増やすことに役立つ。

岡田:なぜ,ですか?

芦屋:「丸投げ」したら自分に何も残らない。でも,自分の責任で仕事をやればたくさんの知識と経験が自分に蓄積され,判断も早くなる。結局,最後には楽になる・・・岡田,自分の価値を考えなさい。その上で,何が自分にとって最良かを真剣に考えろ。それが,お前のレベルを決めるんだよ。

 このときは,多少長くなってしまいました。5分とは言わず,15分くらいかかってしまいました。でも,私は,岡田にこの話をしなくてはならなかったのです。なぜなら,岡田には厚い「メンタルブロック」があったからです。

「自分はできない」と思い込んだら成長はない

 人間の脳は,エネルギーをセーブすることを好み,大量に消費することを避ける性質があります。つまり,消費が少ない「簡単な判断やルーティン作業」を好み,難しい判断や新しいことを覚えたり,複合的な判断をすることを嫌います。

 だから,だれでも,楽を好む傾向にあり,新しいことを嫌うのです。これは,メンタルブロック(心の障壁・・・できないと思い込む心理状態)があるからです。

 でも,それでは,成長はありません。一般に,岡田のように反応する人は多いです。岡田以外でも,私が指導してきた多くの人間はメンタルブロックをもっていました。

 そこで,早いうちに,今回のように「メンタルブロック」を壊し,「できないという意識」を取り去るのです。すると,多くの人間は見違えるようによい動きをするようになり,他の人間が嫌がる調整や仕事を積極的にやるようになります。

 15分くらい話しただけで,その後の行動が大きく変わる・・・こんな指導法があることを覚えておいて,ぜひ,どこかで試してみてください。

 次回は,ちょっとした「仕掛け」をつかった5分間指導法を紹介します。

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