およそひと月ぶりにお目にかかります。2006年10月まで「エンジニアのための視覚伝達デザインの法則」というブログを書かせていただいておりました。そこでは,デザイナーとエンジニアの「作り手」という共通の部分でお話ししてきました。

 今回からは,主にマネジメントにかかわる人に向けて,ビジネスの場面での視覚伝達デザインについてお話ししたいと思います。つまり,「ビジネス戦略としての道具としてのデザイン」がテーマです。

 経営にとってデザインとはどのような価値があるのでしょうか。今までよりも,もう少し視点を広げ,「デザイン」というものを浅く,広く,時に深く,書ければいいなと思っています。

デザインに注目している経営者はどれだけいるの?

 ビジネスがうまくいくとは,どのようなことをいうのでしょうか?

 商品が売れること,サービスが売れること,自社のブランドが認知されること,高く売れること,シェアを伸ばすこと,商品が有名になること,イメージが良くなること,問い合わせが増えること,雑誌や記事に取り上げられること,優秀な人材が求人にたくさん応募してくること…。そして,お客様に喜んでいただけて,信頼されること。

 良い影響を周りに,社会に与えることができれば,ハッピーですよね。そのために日夜,経営者は日経ビジネスや日経新聞などを読んだりしていると思うのですが,デザインに注目している経営者はどれだけいるのか,デザイナーの立場から見て,とても関心があります。

 業種や業態によるとは思いますが,経営においてデザインを重視している企業は,時間とお金をかけています。日産やアップルなど,デザイン戦略の成功で息を吹き返した企業はたくさんあります。

 その反面,「付加価値であるデザインにはお金はなかなか掛けられない」とか,「…(無関心)」といった企業もたくさんあります。むしろ,こちらの企業のほうが多く,ほとんどの中小企業は,デザインの優先順位がかなり下方に置かれているのが現状のような気がします。

 書店の経営書のコーナーに行っても,デザインを経営に生かすようなテーマの本はわずかですし,マーケティングのコーナーに行ってもまた然り。デザイン関連の本は主にデザイナーに向けて書かれたものばかりで,美術書のコーナーに置かれています。

いったいデザインは経営にとって本当に必要なものなのか

 コミュニケーション・デザインは,伝えたいことを正確に伝えるための手法です。一見,簡単そうな感じですが,大企業でも難しい手法です。

 企業が伝えたいこと――例えば商品やサービスのメリット,技術力,他社との違い,値段など――お客さんに訴求したいことは山ほどありますが,デザインという手法を使わないと,それらはうまく伝えられません。なぜなら,人間は潜在意識の中にある“声”によって行動するからです。

 その潜在意識を司るのが,イメージです。このイメージというものをいかに戦略的に使うかが,デザインという武器のポイントです。これがうまくいくと,自社の製品やサービスを魅力的に伝えることができるだけでなく,多少値段が高くても他社ではなく,自社を選んでもらえるようにまでなるのです。

 こんな,うまい話,信じられますか? けっして怪しい話ではなく,実際私たちが生活の中で「デザインによるイメージの力」にコントロールされていることは,誰でも実感できると思います。経営にとってこんな強力な武器が必要でないはずはありません。

 しかし,マークを変えたから,パッケージを変えたからといってたちまち効果が出るわけではありません。経営の資産として,長期的に取り組んで行くべき継続的な活動がデザインという戦略なのです。

 これまでは,お金を潤沢に持った大企業が大手広告代理店に依頼して派手に広告を打って,デザインはお金がかかる…みたいな印象がデザインにあったのではないでしょうか?

 しかし,今や時代はIT技術により大きな変化を遂げています。大金がかかるマス媒体は衰退の兆しを見せており,Webを利用した,安価で効果的な広告の手法やマーケティングを駆使した戦略が出始めています。これからはデザインの重要さや価値に気づいた中小企業やベンチャー企業も,どんどんデザインの手法を活用してくるでしょう。今までのように,デザインの優先順位を下方に置いておく経営者は競争に遅れてしまいます。

 私たちの暮らしの中で,デザインされていないものはほとんどありません。日々の様々な買い物や飲食などの消費活動が,実はデザインによって無意識にコントロールされていることもあまり知られていません。もちろん,心地良いコントロールが上手に行われていますので,不快になることは滅多にありませんが,デザイナーやマーケターは,ここに,戦略的な仕掛けを張り,経営者はお金と時間を投入しているのです。一般の人々はそのことに気づいていないだけです。

 しかし,ビジネスで成功を収めたい経営者は,そういう事実を理解していなければならないと思います。

エンジニアにとって,このブログがなんの役に立つのか

 もちろん「自分は経営者でもマネージャーでもないけれど役に立つの?」という方もいると思います。しかし,このブログは,エンジニアの皆さんにも役に立つはずです。

 プログラミングがうまくなったり,最新のIT情報が身に付くことはありません。けれど,視覚によって入ってきた情報が,どのようにヒトの心理に働きかけ,行動を左右するのか,(そして自分が左右させられているのか)を理解することはできるでしょう。それはエンジニアの皆さんの仕事にもいい影響を与えるはずです。

 デザインといっても範囲はとても広くに及びます。このブログでは,私の専門分野の視覚伝達デザイン,コミュニケーション・デザインを中心に,マーケティングとITを織り交ぜて進めていく予定です。

 ITもグラフィックデザインも,情報をどのように伝えれば人を幸せにできるのかという命題を持っています。そんなことを少しでも考えるきっかけになれば良いなあと思います。