富士通研究所 ITコア研究所 主管研究員 山本里枝子氏

 私は20年ほど前に早稲田大学理工学部電子通信学科を卒業し,富士通研究所に入社しました。大学入学当時から情報工学に携わりたいと思っていましたが,富士通研究所に入社した先輩に誘われ,研究所を見学に行ったのが縁で入社することに決めました。

 入社してから現在まで,一貫してソフトウェア工学の研究開発に携わってきました。ソフトウェア開発の自動化やテストなど,高品質なソフトウェアを効率的に生産するための研究や, ビジネスプロセスモデリング,サービス指向開発などがこれまでに手掛けた主なテーマです。

 現在はマネジャーとして複数の研究プロジェクトを進めています。また富士通本体のコーポレートIT推進本部の
部長も兼務し,内部統制に対応した業務プロセスモデリング技術の開発を進めています。

開発現場への異動が転機に

 最初に,私の仕事に対する考え方に最も大きな影響を及ぼした出来事をまず紹介しましょう。

 富士通研究所に入社して15年を過ぎた頃のこと。私の所属している研究グループが,2年間,ソフトウェア開発事業部へ異動することになったのです。富士通の新しい技術の方向性を模索するという社長プロジェクトでした。具体的には,XMLやWebサービスをシステム開発にどう適用していくか,実際に現場で試していくというものでした。

 それまで研究所の中で研究一筋に過ごしてきた私にとって,事業部への異動には少なからず不安もありました。でも結果的に事業部での2年間は,お客様そしてマーケットのニーズを直接肌身に感じる大変貴重な経験になりました。

 第1に,自分たちが開発した技術が,お客様に役立っていることを心から実感できたことがうれしかった。時には不満やご指摘を受けることもありますが,それも直に伝わってくるからこそ,新たな課題に取り組む励みになります。

 第2に,お客様の最前線にいるSEの皆さんの苦労を身をもって知ることができました。研究所では,SE部隊の後方で技術的な支援を行っており,お客様と直に接する機会は少ないです。それが事業部に移り,SEと共に客先を訪問する機会が得られたことによって,私はお客様から仕事の悩みや課題を聞きだすことの難しさを目の当たりにしました。しかもSEの担当者は,現在の案件をこなしつつ,お客様の状況を見ながら,新しいビジネスを提案する準備を進めていくのです。本当に頭が下がる思いがしました。

企業研究者の使命とは

 SEの皆さんの苦労を知ったことで,私の研究に取り組む姿勢や考え方は変わりました。お客様のお役に立つ技術開発を行うのが,企業に所属する研究者の使命です。研究所にいるときには忘れがちなそうした意識を,開発現場での実体験によって脳裏に埋め込むことができました。

 研究所に戻った今も,そしてこれからもずっと,お客様や社会が抱えている課題を解決するために私は研究を続けていきたいと思います。その結果,お客様から役立ったという評価をいただくことが私の目標であり,最高の喜びでもあるのです。

 20年にわたる研究生活を続ける中では,女性ならではの苦労や悩みもありました。次回はそれをいかに乗り越えてきたかについてお話しします。



【山本里枝子氏の略歴】

早稲田大学理工学部卒業後,富士通研究所入社。ソフトウェア工学の研究開発に従事し,コンポーネント,ソフトウェアパターン,テスティング, ビジネスプロセスモデリング,サービス指向開発等を担当。富士通本体のコーポレートIT推進本部の部長も兼務し,内部統制に対応した業務プロセスモデリング技術の開発を推進している。