10月にリリースされたWeb2.0関連サービスの中では,「Google Docs & Spreadsheets」のサービス開始は,いろいろな意味で印象的でした(ITproの関連記事)。

 話題としては,米Googleによる米YouTubeの買収よりも地味でした。それに,Google Docs & Spreadsheetsのユーザー・インタフェースは,ずいぶん前から同様のものがあったようなデジャブ感さえあります。それだけ,Webの世界は動きが速いのだということを実感します。

 とはいえ,これまでパソコンのハードディスクなどに保存する,つまりローカル保存が基本だった文書データを「あちら側」に切り替えたこのサービスは,注目に値すると言って良いでしょう。本コーナーではデータの置き場は「あちら側」か「こちら側」かを議論していることもありますので,今回はGoogle Docs & Spreadsheetsについて,その機能や特徴を探ってみたいと思います。

ログインした印象は…

 既に多くのメディアが取り上げているように,Google Docs & Spreadsheetsは,3月に買収した「Writely」というWebアプリ版ワープロを,Webアプリ版の表計算ソフトである「Google Spreadsheets」と組み合わせて,Google会員向けのドキュメント作成サービスにしたものです。http://www.writely.com/と入力したURLは,http://docs.google.com/にリダイレクトされます。

 Writelyの会員時代に作っていた文書はどうなった?と心配になり画面右の方に目をやると,「Where are my documents?」というメニューがありました。「Move my documents」のボタンを押して,Google Docs & Spreadsheetsの書庫へとまとめるよう誘導されます。

 Google会員がログインしてhttp://docs.google.com/を開くと,左上部に
■New Document
■New Spreadsheet
■Upload
の3つのメニューがクリッカブルになって出てきます。それぞれ,「ワープロ文書を作る」,「表計算文書を作る」,そして「MS Word, Excel, CSVなどのオフィス文書をアップロードする」――つまり「こちら側」の文書を「あちら側」に送り込む,という意味です。

 Web版の統合オフィス・ソフトってどんなものだろう? と好奇心を抱きつつ操作し始めた人には,拍子抜けするほどシンプルな“入り口”に見えたことでしょう。ワープロ文書に表計算やグラフを埋め込んでマイクロソフトのOLE複合文書のようなものを作れるものではありません。それに,少なくとも当面は,そのような方向性を追求しているようにはとても見えません。

他社製品やサービスと比べて目立つ“保守性”

 こうして見ると,Google Docs & Spreadsheetsは非ブラウザのxfy に比べると,技術面ではずいぶん“保守的”だ,と言わざるを得ません。xfyはXHTMLと図形描画のSVG (Scalable Vector Graphics) ,そして数式を表現するMathMLからなるシンプルな複合文書(名前空間を使った,人間が読んでも理解容易な簡潔なソース)を生成するWYSIWYGエディタです。

 Google Docs & Spreadsheetsの個々の機能についてはどうでしょうか。メニューのNew Documentを選択することで起動するWritely譲りのワープロ機能はともかく,表計算の方は,今年6月にリリースされた時点で,なぜGoogle Spreadsheetsの機能はライバルに劣るのかと評されたほどに,ベーシックな機能にとどまっています。グラフの生成や貼り付けなど,「Web1.0」時代にはとても予想できなかった高度な表現力を備えるiRowsや, Wikiを表計算のようにわかりやすく構造化して協働作成環境を新たに創造しようとしている wikiCalcに比べると,どうしても見劣りします。Google Spreadsheetsには,私たちが見習うべき新たなアイデアも技術も見あたらないのです。

 これがブラウザ・ベースのオフィス・アプリの限界,ということはありません。現に,iRowswikiCalcがあるのですから。

 次に,もう一つのメニューとして掲げられているUploadについて見てみましょう。500KBまでのサイズなら,次の形式のファイルをアップロードして保存できるようになっています。
■文書ファイル:
HTML files and plain text (.txt).
Microsoft Word (.doc), Rich Text (.rtf), OpenDocument Text (.odt) and StarOffice (.sxw).
■表計算ファイル:
Comma Separated Value (.csv).
Microsoft Excel (.xls) files and OpenDocument Spreadsheet (.ods).

 実にシンプルなストレージ機能です。これなら,昔から「Yahoo Calendar」などが提供している,Outlookと相互に連携させる機能の方が進んでいた,と言えるかもしれません。一定形式のCSVを読み込ませると,これをカレンダー・データであると“意味解釈”して,「あちら側」のWebアプリと「こちら側」のアプリ(Outlook)を有機的に結びつけ,双方向に連動させていたからです。

「あちら側」へ移行させる環境整備に過ぎない?

 Google Docs & Spreadsheetsの意義は,データの置き場を「こちら側」から「あちら側」へ移させるビジネス戦略 の一端に過ぎないのでしょうか。

 私はリリース前後に「すわ,Web版のオフィス・ソフトで,米Microsoftに本格的な宣戦布告か?」と思ったものでしたが,どうもそうではないようです。米Microsoftの戦略を追うサイトに掲載されていた記事には,「Google Docs & Spreadsheetsは『Productivity Suite』とはとても呼べない代物」と書いてあります。要するに,私たちが日常使用するオフィス・ソフトの代替にはなりえない,ということです。

 これには大きくうなずくところがあります。オフィス・ソフトは,いまや紙と鉛筆に代わる必須のツール,ホワイトカラーが“命を預ける”ミッション・クリティカルなアプリケーションです。「あ,凄いアイデアが浮かんだぞ!」と思った瞬間は,まさに1秒を争う状況です。「30秒(も!)待ったけれど,ちょっとネットの調子が悪くて保存できませんでした,あははっ」では済まされません。オフィス・ソフトには,このような環境下での使用に耐えうる必要があります。

 そう考えていくと,「なぜGoogleはGoogle Docs & Spreadsheetsを提供するのか」という疑問がますます強くなりますが,これへの回答は「Googleが持つサービスの品揃えの充実」ではないでしょうか。Googleのサービスやソフトを使ってWebページや画像,地図などを検索し,カレンダーに予定を入れ,メールのチェックなどをしていれば,もっと自由な表現力で記述した,サイズが大きめの文章や表をオンラインに保存したくもなるでしょう――。これがGoogleのメッセージだろうと私は見ています。手ぶらでどこかに出かけても,ネットにつながる環境にたどり着きさえすれば,どこでも仕事の続きができるわけですから,確かに便利ではあるでしょう。

 しかし,現時点におけるGoogle Docs & Spreadsheetsをやや意地悪に見ると,表計算として出来がイマイチなものを,比較的出来の良いWebワープロとバンドルしてシェアを高めよう,という強引な商品戦略を思い起こします。

 以前,NECや富士通などのパソコン・メーカーは「一太郎&Excel」を搭載したパソコンを発売しようとしました。しかしマイクロソフト日本法人はそれを阻止しようとして,1998年に公正取引委員会から排除勧告を受け,罰金を支払いました(NikkeiBPnetの関連記事)。Google Docs & Spreadsheetsは,この一太郎&Excelの構図に似てなくもありません。

 もちろん,Googleの基本は,Web上のサービスは無料にし,文書内容を解析して今後ピンポイントに広告を出していく,といった巧妙なビジネスモデルです。Web上のサービスであれば,独占禁止法に触れるようなことは,そうはないはずです。

 しかし,人間には「一定数以上(ヒトの短期記憶の容量が僅か7個プラスマイナス2個 という偉大な研究成果によれば3,4組程度か)のIDとパスワードの組み合わせは覚えられない」という認知限界があります。それに,複数のサイトを使い分ける面倒さを回避したいという欲求もあります。このため,個々のサービスの出来が悪くても,品揃えが充実しているWebサイトが優位に立つ,ということは十分考えられるわけです。

 今回は,Googleへの高い期待の裏返しから,少し辛口に書きました。ソフトやサービスの提供側は,良くも悪くも,技術的な制約やマーケティング的な動機,新しいビジネスモデルを推進したいという欲求など,様々な「思惑」を抱えています。しかし,データの置き場は,個人や組織の活動,特に個人間,組織間の連係プレーを首尾よく進める上で,大変重要なポイントです。ソフトやサービスの提供側の思惑が行き交う中でも,ユーザー側はソフトやサービスの本質,必要な機能や仕様を見失ってはいけません。私は引き続き,今後あるべき姿を探っていきたいと思います。