このたび、新たにコラムを担当することになりました慶應ビジネススクールの岡田と申します。専門は企業戦略理論です。ビジネススクールでは、企業戦略をめぐる議論が日々熱心に繰り広げられています。そこでの話題などを題材に、ITと企業戦略に関する論点を分かりやすく提供していきたいと考えております。

 早速、本題に入ります。

 先週、私が担当する専門科目「ネットエコノミー企業戦略論」でまさに表題のテーマについてディスカッションしました。

 昨今の日本でも広く認知されるようになった「ロングテール現象」。これは、一言でいえば「無数の極小供給と無数の極小需要とのマッチング、および個々の売上の集約が、ITの活用によって超低コストで可能になり、それら集約された総和がこれまでの大ヒット製品に匹敵する大きな売り上げをもたらすようになった状況」と言えます。

 この現象に最初に言及したのは、2004年10月Wired Magazine誌に掲載された編集長Chris Andersonの論文です。日本では梅田望夫氏の「ウェブ進化論」(2006年)によって紹介されると、一躍多くの人の知るところとなりました。

 本論の視点は、その新しい現象にいわゆるネット企業でない既存の製造業や小売業が、いわば普通の企業として、どう取り組めばこの現象を新たな収益機会にできるだろうか、というものです。ネット経済における新たな原則を危機・脅威としてではなく、機会として捉えようということです(もっとも両者はある意味表裏一体。姿勢の問題です)。

物理的制約のもとで「20-80の原則」にのっとる普通の企業

 ロングテールのベースになる「べき乗則(power law)」自体は自然現象であり、新しいものでもなんでもないわけですが、そもそも今日的な意味での「ロングテール現象」が議論されているのは、ネット上で売買が完結するような業界に限られています。

 ロングテールビジネスの成功例としてよく話に出るネット書店のアマゾンは、まさに売れ筋のヒット商品による売上げと、ロングテール部分に存在する無数の極小需要の累積の両方を手にした企業として注目されているわけです。こうした現象に対し、実物資産の物理的量的限界をベースとした「20-80の原則」 に従って経営効率の最大化を目指してきた既存企業はどう反応すれば新たな現象を機会とできるのか。

 まず既存企業の中でも、巨額の開発コストを投じてメガヒット製品(サービス)を生み出し、大きな固定費を正当化する大量生産・大量販売によって売上と利益の確保を目指している企業を考えます。こうした企業が消費財業界(BtoC)に属している場合、ロングテール現象は大変気になる存在でしょう。最大公約数的な、万人受けする製品サービスを開発することの価値が薄れ、多種多様な需要が個人や固定費構造の軽い中小規模企業によって満たされてしまう可能性が高まるからです。大企業の独壇場だった市場が切り崩され、相対的に競争上の地位が低下する可能性も考えられます。

 一方、大型一品物のような生産財(各種製造設備や大規模装置)を扱うメーカーにとっては、新手のロングテールは縁のない話でしょう。そもそも極小需要と極小供給のマッチングである「カスタムメード」のものづくりを行なっているからです。

IT活用でロングテール部分の獲得への道が開ける中小企業

 ここに、もしも消費財市場にITを駆使してロングテール部分のみの需要を集約・獲得する企業が現れると、多くの顧客をまんべんなく満足させるような大型商品に飽き足りなくなっていた顧客が、ロングテール側で勝負するカスタマイズ度の高い製品やサービスに流れてしまうことも考えられます。

 上記のような顧客流出は、クリステンセンが「イノベーターのジレンマ」や、「イノベーションへの解」で述べている、持続的イノベーターと破壊的イノベーター の関係にも類似しています。

 既存企業はこうしたロングテール型ビジネスの出現にどのように対応すればそれを事業機会とできるのか、またIT活用によって極小需要と極小供給のマッチングに活路が開けた中小規模の企業はいかにして大企業に伍して勝負できるようになるのか。これらは次回以降のテーマとして引き続き議論していきます。

 今後の議論の出発点として、次回はロングテールを需要側と供給側に分けて考えることから始めたいと思います。