リスクは思いもよらない時に突然やってきます。私はこれまで様々なリスクに直面しました。そしてその都度考え,対応して,乗り越えたり諦めたりしてきました。今回は2つの事例をご紹介します。

SARS流行で中国へのアウトソーシング計画を断念

 日本国内のお客様のご要望に沿って,数カ月間,ある業務の中国へのアウトソーシング計画を進めたことがあります。信頼できる現地チャネルを通じて出来る限り正確な情報を集め,ロケーションや候補企業を選定しました。

 セキュリティや機密保持などの対策も検討し,最終的にお客様と一緒に現地を訪問して委託先を決定する段階まできました。海外出張スケジュールを決めようとした時,中国で「謎の肺炎」とも言われているSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome:重症急性呼吸器症候群)が蔓延しているらしいとの情報が入ってきました。

 現地に確認したところ,「中国では実際にそれほど大きな問題にはなっていません。問題ありません。安心して来て下さい」との連絡が入ってきました。テレビなどマスコミの情報は実際とずれていることもあるので,私は現地情報にもとづき,「今回は出張いたしましょう」とお客様にご提案しました。そして出張する予定で詳細を詰めていました。

 そうこうしているうちに,テレビ放送でSARS蔓延の生々しい映像が入ってきました。それは恐怖を感じさせる内容でした。関係メンバと協議の結果,今回の中国訪問は取りやめることを決定しました。委託先調査決定を実行する矢先のことでした。結果的に現地訪問がしばらくできず,お客様も事態を恐れたため,そのプロジェクトは中止になってしまいました。

 それまで,テロ,自然災害,特許侵害,情報流出,企業買収,人材の離職や事故,ウィルス・サイバーテロなどのリスクは念頭にありました。しかし,目に見えないSARSなどの感染症リスクは頭にありませんでした。見えない病気は避けにくいのでとても恐ろしく感じました。そして目に見えないリスクへの対策の必要性を実感した次第です。

 命あってこそのこの世,そしてビジネスです。大抵の場合,周囲を押し切って進む私ですが,あの時,中国出張をやめたのはよい判断だと思っています。出張しなかったためにその仕事はなくなりましたが,感染症リスクを心配せずにすみました。

 当時中国でビジネスをしていた友人達は皆,中国全土を飛行機で飛び回っていました。狭い機内はマスクをした異様な乗客でいっぱいだったとのことで,彼らの感染を心配していました。その後,友人達に感染の症状が出たという情報は幸運にも入っていません。SARSは2003年初頭から,香港などを中心に流行している病気とされていますが,実際はかなり前から発生していたとの話もあります。

今度は鳥インフルエンザが流行

 それはベトナムでソフト開発プロジェクトを進めていた時のことでした。

 中国や東南アジアで鳥インフルエンザが流行し始め,危険な兆候が出ていました。日本から技術者が仕様詳細打合せのためベトナムに出張しようとする矢先,日本からの渡航が全面禁止となり,技術者の海外出張ができなくなりました。また,ベトナムの技術者を呼び寄せることも難しくなりました。もし来日させた人間が感染していた場合,Face-to-faceで打合せをした日本人も感染する可能性がありました。感染が拡散すれば大きな問題になります。開発ソフト納入の納期は決まっていたのでどのように対処すべきか悩みました。

 ふと,現地にベトナム語ができる日本人メンバが駐在していることに気がつきました。早速その日本人駐在者に日本とベトナムの間の情報や連絡を中継させることにして開発プロジェクトを何とか進めることができました。ベトナムでの鳥インフルエンザ対策が素早く適切に行われた結果,3ヵ月後,この問題は解決されました。開発の後半段階で担当者をベトナム出張させることができ,そのプロジェクトは軌道に載せることができました。

リスクを回避するためにすべきこと

 うまく乗り切れた要因として,(1)ある程度のオフショアプロセスが構築されていた。(2)現地に精通した日本人メンバが現地駐在し,プロセス不足の部分を補強した。(3)ベトナムの鳥インフルエンザ対策が速やかで短期間に問題解決された――などが挙げられます。

 同事件を契機に,鳥インフルエンザのようなことが起こると人が往来できなくなるので,人が自分の持ち場を離れずにオフショアの仕事ができるようにすることが重要と実感しました。そこで,開発やビジネスなどのプロセスを整備し,人の往来が途絶えても,数カ月間は何とか対応できるように心がけでいます。

 日本の従来のオフショアのやり方では,人が中心となり,ブリッジ機能を果たす人材が日本と海外との間を行き来してプロジェクトを進めます。しかし,人だけに大きく依存していると,人の往来ができなくなったとたんに問題が発生します。

 そこで,人の往来ができなくても,ある程度プロジェクトを進めることができるような対策が必要です。例えば,国内と海外でのオフショア対応人材の育成,両者間のプロセス整備,インタ-ネットやIP電話などの通信インフラ整備,現地に日本と同じ開発環境や実機環境を整備,緊急時に生きる信頼関係の構築などが重要になります。こうしておけば,非常事態でも,少なくとも数カ月間は代替案で完全オフショアがやれると思います。数カ月持ちこたえれば,自然と次に打つ手も見えてくるものです。

 シンガポールの友人から感染症対策について聞いたことがあります。友人は,「感染症などが発覚した場合,そのビルが封鎖される。1つのビルでメンバ全員が仕事をしていると,ビル全体が封鎖されて内部の人間は外に出られなくなる。そこで2カ所以上にオフィスを分散させておけば,一方が駄目になってももう一方のオフィスは稼動できるので,リスク回避できる」と話していました。1カ所に集中すると効率はよくなりますが,リスクに対してもろくなります。

 ところで,ベトナムで鳥インフルエンザの問題が解決されたとの報道があった後,ホーチミンに出張し市内のホテルに宿泊したことがあります。ベトナム国内では鶏が何十万羽の単位で,すべて処分されたと聞いていました。ところが翌朝驚くことが起こりました。

 ホテルの外から,コケコッコーの鳴き声が聞こえてきたのです。これは何かの間違いだろうと思って窓を開けて耳を済ませました。すると,ビルの谷間から,またコケコッコーの鳴き声が確かに聞こえました。処分できなかった鶏がいたものと思います。

 報道はうのみにできないことを痛感しました。また鳥インフルエンザの問題解決後,日本で鶏肉を口にする日本人はいました。しかし,ベトナム人の友人は心配なので事件以降は鶏肉は一切口にしていないと話していました。

 海外アウトソーシングにリスクはつきものです。加えて,最近の世界情勢や東アジア情勢を見ると非常に不安定な要素があります。今後はこれまで以上に大きなリスクに直面する可能性が増大していくでしょう。今こそリスクと真正面に向かい合い,事前の対策を講じておくことが肝要です。


ベトナム ホーチミン市内の路上のココナッツ売り。今も残る天秤をかつぐ伝統的なスタイル
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