「業務理解」というと,システムの設計者やベンダーの業務理解のことを思い浮かべがちであるが,私は何よりもユーザー自身の業務理解に問題があると思っている。ユーザーたちは,日々,自分たちが行っている業務をどこまで理解しているか,あるいは共通認識を持っているか,という問題である。
要求定義プロセスで十分なヒアリングができる相手というのは決して多くない。場合によってはたった一人の現場担当者からすべてを聞き出さなければならないこともある。現場は多忙だというので,もっぱら部署長がヒアリングに応じてくれることもある。
ある部品メーカーの調達システムを見直すというので,購買部長の指名でHさんが要求定義に付き合ってくれることになった。私は,別にHさんを疑っていたわけではないが,隣の部署にいるTさんにこんな質問をしてみた。
「Hさんは,購買業務全体について何%くらい把握されてますかね」
Tさんの返答はこうだった。
「彼はカタログ製品担当なので,特注部品の外注加工についてはほとんど知らないんじゃないでしょうか。あれはすごくややこしいんですよ」
そこで,Hさんへの第1回のヒアリングを終える際にこんな質問をしてみた。
「次回は特注部品の調達と外注加工についてお聞きしたいのですが,お願いするのはHさんでよろしいですね」
Hさんの返答はこうだった。
「それは私ではないですね。特注チームのKさんが適任です。でも,彼は忙しいから調整がいるでしょう。私から部長に言っておきます」
ヒアリングでは,以下の可能性について考えておく必要がある。
・ヒアリングでは適任者がアサインされるとは限らない。
・自分が適任者でなくても,本人はそのことを言わない。
・上司の認知と本人の認知は一致しないことがある。
・業務全体をバランスよく把握している人は滅多にいない。
・同じ部署でも人が違えば考えも問題意識も違う。
・現場の業務のあり方について,その組織内でコンセンサスが得られているとは限らない。
ヒアリングを行う際のちょっとして知恵として,「次回のテーマは○○です。あなたは(彼は)適任者ですか」という質問をしてみるとよいだろう。また,ヒアリングの最中や終了する際に「この業務についてほかにヒアリングしておいた方がいい人はいますか」という質問をしてみると,たいがい別の誰かの名前が挙がってくる。
もう少し突っ込んで「あなたと異なる意見や考えを持った人はいますか」「あなたがおっしゃったことは,上司の○○部長も同意見でしょうか」といった質問をしてみると,隠れていた事実が出てくることがある。
要求定義プロセスは,人と人とのコミュケーションをベースに行われるだけに,伝言ゲーム的リスクがつきまとう。ヒアリングの過程でいまひとつ歯切れの悪さを感じたら,このようなちょっと角度をつけた質問を使ってみることをお勧めする。
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