私は,デザイナーとエンジニアの共通点を様々な点で感じています。一口にデザイナー,エンジニアと言ってもかなりの広い範囲にわたる職業ですが,基本は同じだと思っています。

エンジニアもデザイナーも「ものをつくる」仕事だ

 専門技術や専門知識を駆使してモノを作る,開発に際して,インスピレーション,アイデア,発想を必要とする,常に新しい技術や時代性を必要とされる,夜遅い時間まで働いている(苦笑)――などいろいろとありますが,我々の仕事は「ものづくり」なのだと常々思います。ものづくりというと,職人の技が発揮される匠(たくみ)のイメージや工業とエンジニアリングの世界といったハードウエアの製造というイメージがありますが,プログラミングやデザインといったソフトウエアの世界も含めた広い範囲で,「ものづくり」という言葉が使われ始めています。

 「ものづくり」とはウィキペディアによると,「1980年代以降、単純な製造作業は中国など後進国に奪われ、ITブームや財テクが流行り、日本の製造業には3Kに代表されるネガティブな印象だけが残った。 しかし、1990年代後半から自動車産業を筆頭に、日本の製造業が復活を遂げ、 そこで、日本の製造業が集約型単純労働ではなく、より高度で精神性の高い技術活動であるとの認識が生まれ、製造業をポジティブなイメージで捉える言葉としてものつくりという表現が使われるようなった。 現在の日本の製造業の繁栄は、日本の伝統文化に源を発するという考え方である。」とあります。

 日本の製造業のレベルは世界トップクラスなのは言うまでもありません。欧米から輸入してきた技術やシステムを,日本独自の技術やシステムに昇華させています。そう考えると「ものづくり」とは,「ものをつくる」製造という意味ではなく「ものにつくりあげる」ことだと私は思うのです。

 作り手の思想や哲学を「コンセプト」とすれば,そのコンセプトをものにつくり込むことです。コンピュータ用語の意味よりも,広い意味での「設計思想(アーキテクチャ)」が大切です。この時代のニーズに合ったものは何か,どのようにつくるのか,そしてどのように流通させるのかまでを統合して考えることが,ものづくりにとって大切になってきている気がします。開発,生産,顧客へと伝わる設計思想の流れをきちんととらえて上手にやっている企業がトヨタであり,最近うまくいっていないのがソニーであると言えるでしょう。

「好き」だけでは高いクオリティは生まれない

 ものづくりの行程の中で,エンジニアやデザイナーの役割はこれからもますます重要になっていくと感じています。それには,エンジニア,デザイナー個人の思想や哲学の明確さやビジョンが必要です。

 若いデザイナーに「なぜ,あなたはデザイナーになろうと思ったのか」と質問すると,「デザインが好きだからデザインの仕事をやってます」という答えがほとんどです。それは大切なことですが,それだけではクオリティの高いものは生まれないと私は思います。誰のために,何のためにデザインをするのかをしっかりと認識しておくことから思想やコンセプトが生まれるのだと思います。このことはエンジニアも同じではないでしょうか。

 そこにこそ,日本人としてのオリジナリティが含まれ,日本人の美意識が反映され,世界と競争していくうえでのポイントとなるような気がします。

 「別に世界と競争する必要はない」とお考えですか? 実は私もそう思っていました。大企業や商社の世界の話だと感じていました。

 しかし,世界的にソフトウエアの開発はインドや中国にアウトソーシングされ,台湾の半導体産業は日本を追い抜く勢いです。よりクリエイティブな発想やアイデアが必要になってきています。それには,日本人にしかできないことで勝負したほうが良いのではないでしょうか。

 それっていったいなに?――私にも答えはまだ見つかりません。しかし,私たちは私たち自身,特に日本についてあまりにも知らないことが多いような気がします。世界がグローバル化すればするほど,自分のアイデンティティについて考えるべきなのではと感じています。

 今の時代,大企業のパワーももちろん有効ですが,Yahoo!,Linux,YouTubeなど,どれも資本力ではなく,個人の能力とアイデアで大きくなってきました。個人の仕事が評価され,世界に広がっていく機会はたくさん存在しているのです。私たちエンジニア,デザイナー一人ひとりの爪を磨き,チームを作り,本当の意味でクリエイティブな仕事をしていきましょう!


今回まで,デザイナーとエンジニアの「作り手」という共通の部分でお話ししてきました。ひとまず,ここでこの連載はお休みにしたいと思います。
次回からは,経営者にとっての視覚伝達デザインについてお話ししたいと思っています。つまり,「使い手」の側に対してのデザインのお話しになります。経営にとってデザインとはどのような価値があるのでしょうか。わかっている企業と,全く関心のない企業との格差が激しいことを感じています。デザインにご関心があるエンジニアの皆さんも,どうぞ引き続きご愛読いただければと思います。