はじめまして。小飼弾と申します。

 読者のみなさんは、自己紹介の時に、名前を名乗った後何と言いますか?

 たいていの方は、自分の職業を名乗ると思います。本サイトの読者なら、多くは「~エンジニア」とか「~プログラマー」とか。

 しかし、私の場合、この質問の前に考え込んでしまうのです。

 TVに出演する時には、「オープンソースプログラマー」を一応名乗っております。しかしこれが職業かというと、難しいところです。なにしろ私はオープンソースそのものからは一円も得ていないのですから。それどころか、オープンソースプロジェクトに寄付さえしております。正直なところ、これは職業ではなく道楽ではないでしょうか。

 確かに私はかつて、オン・ザ・エッヂという会社の取締役最高技術責任者という職にありました。今その会社はライブドアという名前で世間に知られております。そのおかげでTVなどに出演を求められるようにもなったわけですが、私がそこを辞してからすでに5年が経とうとしているのに出演依頼が来るのは正直申し上げて理解に少し苦しんでおります。

 現在は、いくつかの会社の役員を兼任しつつ、投資をしつつ、本サイトを含めあちこちに寄稿しつつ、blogを書きつつ....としつつだらけで、肩書きと名刺こそいくつもありますが、逆に「これが私だ」と一言で述べられる「決定的肩書き」も持ちません。

 日本において、それはずいぶんと気恥ずかしいことだと知りつつも、それにも増して私が決定的肩書きを持つことからやんわりと遠ざかっている理由はなんなのだろうと自問自答してみました。

 その前に、肩書きの効用とは何でしょうか?

 肩書きは立場を鮮明にします。そして立場を鮮明にすることによって、その肩書きに関連する能力が磨かれて行きます。功績主義の昨今では、能力がある人が立場を得るべきだという意見が大半を占めますが、実は立場を得ることによって能力を得る人も多いのです。誰でもいいからその人に「エンジニア」という肩書きをあたえるとその人はどんどんエンジニアに、「プログラマー」という肩書きを与えるとその人はどんどんプログラマーになっていく。私はそのような例を数多く見てきました。

 その肩書きに恥じないように「がんばる」と、その肩書きに関連する能力を意識無意識のうちに磨いて行く。そしてその人はますますその肩書きにふさわしい人になっていく。人には、そういった可塑性があるのです。肩書きには、その可塑的な人に型を与える力が確かにあります。

 だからこそ、恐いのです。

 それが自分の能力に由来するのか、それとも肩書きに由来するのかわからなくなるのが。私にいまだTV出演の依頼が来るのも、私というより「元オン・ザ・エッヂ役員」という型に由来するのでしょう。それはもう私の「型」ではないのに。

 次の理由は、肩書きというものは、場合によってはこちらから要求しなくても、「それ」を懸命にやっていればそのうち自然に与えられることもあるからです。

 私の友人Larry Wallは、プログラミング言語Perlの父として有名です。彼は「オープンソース」という言葉が生まれる前から、Perlをこの世に送り出し、そしてPerlをはじめとする「無料どころか、ソースコードまで公開されているソフトウェア」が、商用ソフトウェアに駆逐されるどころか「蔓延」するに至って、まわりの人が押っ取り刀でこういったソフトウェアにつけた名前が「オープンソース」でした。そう、「オープンソース」にしてからが、後付けの肩書きだったのです。

 そして今ひとつの理由は、一つしかもっていなかった型を二つにすることは、単に型を二つ持つ以上の効用、すなわち 1+1 > 2 であることを実感しているからです。投資家としての私、経営者としての私、職人としての私、父としての私、そして夫としての私というのは、それぞれ複雑に絡み合っていて、分別不能ですし、そしてこれらを分別しないことは、分別するよりも効用が大きく感じられるのです。

 先ほどのLarryは、毎年Portland, Oregonで行われるOSCONというカンファレンスで、毎年The State of the Onion *0というキーノートスピーチを行っているのですが、以下は今年のスピーチ *1でこう述べています。

PerlのパラダイムはWOPである。

 WOP?一体それはなんでしょう。「オブジェクト指向」は、OOと略記されますが、それと同じノリでWOPはWhatever-oriented Programming, 「なんでも指向」の略のことなのです。

 そのスピーチのスライドの中で、私が特に気に入ったのがこちらです。

A human being shoud be able to change a diaper,
plan an invasion, butcher a hog, conn a ship,
design a building, write a sonnet, balance accounts,
build a wall, set a bone, comfort the dying, take orders,
give orders, cooporate, act alone, solve equasions,
analize a new problem, pitch manure, program a computer,
cook a tasty meal, fight efficiently, die gallantly.
Specialization is for insects.

 確かRobert A. Heinleinの言葉です*2。Heinleinは私も大好きな作家で、私のホームページでも彼の"This I Believe"を使わせてもらっています。残念ながら、手元に矢野訳が存在しないので、拙訳にてお届けします。

人たるもの
おむつを換え、侵攻を計画し、猪を屠り、船を造り、
建物を設計し、詩を書き、帳尻をあわせ、
壁を築き、骨を接ぎ、死の床にある者を癒し、規律に従い、
命令を発し、協力し、孤高に耐え、方程式を解き、
新たな問題を分析し、肥料を投げつけ、電脳をプログラムし、
うまい料理こさえ、効率的に戦い、そしてかっこよく死ぬことが
できてしかるべきである。
専門化は、昆虫にまかせておけばいい。

 というわけで本連載の名前は、Title Not Found, 「肩書き未定」にさせていただいた次第です。

 今後ともよろしくお願いします。

 Dan the Whatever-oriented Person

  1. 合衆国大統領の一般教書演説(The State of the Union)に引っ掛けてある
  2. http://www.perl.com/pub/a/2006/09/21/onion.html
  3. Time Enough For Love (邦訳: 愛に時間を ; 矢野徹訳)