IDEOという世界的に有名なインダストリアルデザイン会社があります。その会社のCEOのデヴィッド・ケリー氏が,あるインタビューの中でデザインとエンジニアリングというものを比較していました。

 問題を解決することと,問題が提示していることを超えて何かを実際に生み出すことには,基本的な違いがある。一方は問題解決としてのエンジニアリング,他方はモノをクリエイトするデザインだ。

 デザインとは混乱したものであり,エンジニアリングは混乱を避けたところで問題を把握するもので,ルールの集合で機能する。よって与えられたコンテキストの中で問題を解決する。ところが,これではもっと大きな問題を解決することはできない。

 デザイナーは混乱や不明確さに対処することができ,本能を信じようとする。基本的に,デザインは本能にかかわっているからだ。エンジニアは本能は存在しないものとしがちで,クリエイティブな飛躍は何らかの方程式で解決を証明しない限り出てこない。

 ちょっと難しく聞こえてわかりにくいですね。簡単にいえば,エンジニアリングは数学,物理,電気工学などの知識やルールを集積して問題の解決を図ろうとするもの。一方,デザインは本能を認識して信用しているもので,ルールや常識などにとらわれず,混沌とした中からでもクリエイティブな飛翔によって問題の解決を図ることができるもの,という意味でしょうか。まるでデザイナーはひらめきやインスピレーションを得る,アーチストのような印象を覚えます。

新しい発想を育む,専門家とのコラボレーション

 しかし,IDEOのすばらしい仕事は,このようなスーパー・デザイナーのひらめきによるものではありません。理解・観察・視覚化・評価と改良・実現という五つのステップの「仕事の進め方」によるものだと,IDEOのゼネラル・マネジャーであるトム・ケリーが『The Art of Innovation』(発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法)という本に書いてます。そのプロセスの中でも,特にユニークなのが,「観察」のプロセスです。

 デスクワークでは知ることのできない何か新しいことを学ぶために,仕事場から外に出て,実際に生活している人々を観察し,そこから新しい刺激や新しいデータを見つけ,インスピレーションを得ること――それが観察の目的です。そして,観察を行うときに,製品化に携わるデザイナーやエンジニアと一緒に,認知心理学や文化人類学を勉強した社会心理学者を連れていくというのです。なぜかといえば,専門家が見たり聞いたりしたことを教えてもらうことで,デザイナーやプロジェクト・リーダーは目の前のできごとを再確認でき,それに対する可能なソリューションも浮かびやすくなるからです。

 IDEOはデザインやテクノロジーを駆使して問題を解決するためには,人間についての観察,深い洞察が不可欠であり,技術やセンスだけでは限界があるという考え方をしています。社会心理学者とのコラボレーションを行うことが,クリエイティブな飛躍の助けになるのだなと思いました。

 ちなみに,クリエイティブな飛躍という言葉から,学生時代に読んだ今は亡き,日本を代表するグラフィックデザイナー亀倉雄策氏の「離陸 着陸」という本を思い出しました。

 アーティストは自由に舞う蝶々だが,デザイナーは飛行機であって空を飛び回りながらも最終的には空港にしっかり着陸しなければならない。つまり,デザイナーはアイデアや表現のイメージをどんどん高く遠くへ広げていかなければならないが,必ず目的地への着陸(問題の解決)をしなければならない,ということを亀倉氏はおっしゃっています。

 混乱した海や山の上空を高く飛び,北へ,南へ飛び回るため,そして無事に着陸するため,各種の専門家とのコラボレーションがますます大切になってきていると私は思います。デザイナーもエンジニアも,「ルールの集合で機能する」部分と,「クリエイティブな飛躍」の両方を兼ね備えていく必要があるのです。


人間についての観察をするには,仕事ばっかりしていてはいけません。人と話をしたり,本を読んだり,映画を見たり…そんな時間を増やしたいですね。