97~98年に筆者は日経コンピュータで「できるSEマネジャの条件」を連載した。この内容はSEマネジャのあり方を言及したものだったが,当時読者から大きな反響をいただいた言葉が2つあった。

 その一つは「ぶら訪問」であり,もう一つは「51:49」という言葉だった。

 前者はこのブログの4月10日号に書いたが,その言葉の意味は 「SEマネジャは独りで顧客を“ぶらっと訪問”せよ。それを継続して行えば,必ず顧客・SE・営業と良い関係が築け,リーダーシップが身につく」というものだった。この「ぶら訪問」は何社かのIT企業で社内用語になったと聞く。例えば,トップが会議などでSEマネジャに会った時に「○○君,最近『ぶら訪問』やっているか」とたずね,SEマネジャは「はい,もちろん」とか「このところちょっと…」などと答えていたそうだ。

 後者の「51:49」は,読者の中にもご存知の方がおられるかもしれない。その意味は「SEは日頃『顧客が51,会社が49』の心で行動せよ」だ。当時,多くのSEの方々から「目からうろこが落ちた」という声を聞いた。先日もある会社を訪問した時に何人かの方々から同様な言葉を聞いた。そんなこともあり,今回はこの「顧客が51,会社が49」について説明する。

お客様と会社の板ばさみになった時

 SEが第一線で仕事をしていると,お客様と会社の間に立って板ばさみ的な心境になることがある。

 例えば「システム開発が遅れて本番稼働開始があぶないのに,SEの増強ができないと上司に言われた」,「今期の売上げが厳しいので無理なシステムでも良いから売り込みたい,と営業が言ってきた」,「顧客からとても受け入れられない無理難題を言われた」,「トラブルが起こって顧客が困っているが,応援を頼んだ他部門や上司が動いてくれない」などなどの時だ。

 そんな時SEの心には葛藤が起こり,自分のとるべき行動に悩む。即ち,顧客と会社の板挟みになり,顧客に迷惑をかけたくない気持ちと,会社を庇う気持ちに揺さぶられる。顧客をとるか会社をとるか,最後まで悩む。そんな経験はSEなら誰しも覚えがあると思う。俗に言う,あちらを立てればこちらが立たずという心境だ。

 筆者はそんな時,SEに「顧客が51,会社が49」で判断することを勧めたい。決して「80:20」で,もないし「60:40」でもない。あくまでも「51:49」の精神である。ここが重要である。即ち,顧客あるいは会社のどちらか一方だけを考えて自分のとるべき行動を判断するのではなく,顧客と会社両方のことを考えて判断する。

顧客と会社の双方が立つ手はないか,ギリギリまでやってみる

 そして「顧客と会社の双方が立つ良い策はないか?良い手はないか?」と考える。とことん知恵を絞り考え抜き,顧客や関係者と相談したり交渉したり手を打ったりして「50:50」のギリギリのところまでやってみる。最後に「さてどうするか?」と決める時は顧客の立場で判断する。即ち,「顧客が50+1:会社が50-1」である。決してこの逆ではない。

 こういうと,きっと読者の中には「SEも会社員だから“顧客が49,会社が51”ではないか」と考える人もいると思う。しかしそうではない。

 SEのような専門職は,故意に専門知識を悪用すれば容易に相手を騙せる立場にある。例えば,あるシステムで実際にはできるのに「このシステムではその処理はできません」とSEが嘘をついてその顧客を信じさせれば,騙された顧客は仕方なくマシンを増強する。

 これは,医者が患者に,病気でもないのに病気だと言って入院させて儲けるのと同じだ。そんな悪徳SEは専門職失格である。言うまでもなく,そんなSEは顧客には決して信用されない。筆者は2月20号のブログで「SEの倫理観について」と述べたが,それも根っこはこの考え方によるものである。ただ,その時いただいたコメントの中には「SEには倫理観不要」などいうコメントもあったが,その正否の判断は読者の判断に任せたい。

 この「顧客が51:会社が49」の心は,板ばさみ的立場になった時はもちろんだが,日頃SEがシステム開発や提案活動などを行う時も同様である。日頃仕事をしていて,顧客絡みで迷ったときは「顧客が51:会社が49」で判断することだ。

「顧客90:会社10」は顧客のためになるだろうか

 SEの中には,顧客が大切と考えるあまり社内を軽視したり顧客の言う通りにする「顧客が90,会社が10」のSEがいる。しかし,そんなSEはちょっと考えた方がよい。この「顧客が90,会社が10」のタイプのSEは顧客一辺倒であり,ある意味では立派だ。だが,一方では往々に人手をかけすぎて生産性を下げかねない。その上,顧客を過度に思うあまりに会社や周りのSEに迷惑をかけることも起こる。また,社内を軽視しすぎるから社内の信頼度や発言力も乏しく,顧客のピンチの時に社内を動かしてSEを動員することも難しい。すると,結局は顧客に迷惑をかけることになる。

 その他にも卑近な例を述べると,ある時社内の会議の予定があるのに顧客からその時間に会議をしたいといわれたとする。SEの中にはすぐ社内の会議を欠席するSEが少なくない。するとSEマネジャは欠席したSEに会議の内容をワザワザ説明しなければならなくなる。そんなSEは筆者流に言うと「顧客が90,会社が10」SEである。そんな時「すみませんがその日は社内で会議があります。できれば変更していただけませんか?」などその会議の重要性を確かめたり交渉したりして,その結果出欠を判断する。それくらいやるのが「顧客が51:会社が49」のSEである。

 以上色々述べたが,読者の方はきっと今日も顧客がらみでいろいろなことがあると思う。そんな時ぜひ「お客様が51:会社が49」の心でそれをやってみてほしい。きっと自分が納得できる答えがでるはずだ。これが今日の一言である。

 昔も今も,SEの中には顧客の言う通りにやるSEや,その逆に会社の都合を顧客に押し付けるSEがいる。だがそんな「90;10」のSEや「10:90」のSEはとてもプロとは言えない。SEは「顧客が51:会社が49」,SEマネジャは「ぶら訪問」。これらは第一線のSEが持つべきプロジェクト管理力と提案力の,基本中の基本であると筆者は考えている。プロジェクト管理力と提案力強化のためにスキルだ資格だなんだかんだとそれらを追っかけることも必要だが,この基本をしっかり身に付けないとそこには自ずと限界がある。皆さんのご意見はいかがだろうか。