足圧センサシューズ:足圧分布を計測し,行動識別や歩行分析を行う
足圧センサシューズ:足圧分布を計測し,行動識別や歩行分析を行う
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腕時計型運動センサ:行動状態を識別し,1日の行動状態や消費エネルギー量を管理できる.
腕時計型運動センサ:行動状態を識別し,1日の行動状態や消費エネルギー量を管理できる.
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 体温,脈拍,血圧,呼吸……。このような「生体が生きていることを示す徴候」のことをバイタルサインという。バイタルサインを正確に把握することは,病院などの医療の現場では非常に重要である。なぜなら,バイタルサインは病気がどのくらい重いのか,症状がどのくらい進行しているかなどを判断し,治療の方針を立てるための基礎的な情報だからである。

 ウェアラブルというツールにおいても,バイタルサインを測定し,把握することは,非常に重要で基本的なことといえる。前回述べたとおり,ウェアラブルは,それを用いる個人のためにカスタマイズされたパーソナルなサービスを提供するツールであり,当然,その人自身の情報を得ることなしにサービスを提供することはできない。

 個人の情報には,趣味・嗜好,行動の傾向などがあるが,ウェアラブルが提供するサービスにとって最も基本的な情報といえばバイタルサイン,あるいは血流量や脳の状態など,その他の様々な生体情報(バイタルデータ)なのである。

健康チェックはバイタルデータが基本

 エアコンが部屋の温度変化を検知して室内の温度を自動調節するように,空調服も身に着けた人の身体の状態――体温が上がって汗ばんできた,など──を検知して,服の中の温度や湿度をその人に適した状態に自動調節し,快適さを保つわけである。身に着けて使用するものを,ある特定の個人向けにカスタマイズするとき,最もパーソナルな情報といえるバイタルデータを利用するのは自然なことである。

 とくに,提供されるサービスが医療やヘルスケアに関係するものの場合,バイタルサインやバイタルデータの測定・活用が基本中の基本となることは,想像に難くないだろう。

 人の健康状態を示す情報はバイタルサインのほかに,様々なものがある。人間ドックなどに入ると,血圧や心拍数のほか,赤血球・白血球数,血糖値といった血液関係の数値や,各種の酵素の分泌量,MRIでとらえた脳の状態など,様々なバイタルデータが計測され,数値として示される。

 医療機関の人々は,これらの数値をもとにその人の健康状態を判断し,何らかの問題があると診断された場合は,通院して治療を受けるとか,薬を服用するとか,食生活を改善するといった対処がなされる。

 現在のところバイタルデータの測定は,ほとんどの場合,病院や介護施設など設備と人員が整った施設の中で行われている。体中に多くの電極を貼り付け,それらをケーブルで測定装置につないだり,全身がすっぽりと覆われるような機械の中に入れられたりと,大掛かりな装置が用いられることも多い。

 このように,病院のベッドに縛り付けられた状態で,しかも専門家がいなくてはデータの採取ができないのであれば,仕事をしたり,運動をしたり,入浴したり,眠ったりといった日常生活を送っているときのバイタルデータを測定することは不可能である。ましてや,それをリアルタイムに活用することは考えられないだろう。

その時,その場で,その人に最適な情報を

 一方,WINがこれまでに紹介してきたウェアラブル技術を活かした冷房服やファッションウェア(スポーツウェア,レポートウェア,キッズウェア)では,靴や眼鏡など普段から身に着けているものにセンサを組み込むことで,日常生活の中でいろいろなサービスが受けられることを目指している。

 その一例が,パーソナルキャスティングのプッシュ型情報提供サービスである。インターネットの世界では,これまでの履歴や嗜好をもとに個人に適したコンテンツを配信するサービスが行われているが,それをさらに一歩進め,行動,心身状態,周囲環境,位置,時間,嗜好に合わせて,その時,その場で,その人に最適な情報を提供しようというサービスである。それには,各個人の行動と心身状態を認識することが必要であり,ウェアラブル機器が貢献する。

 まず,私が東大時代に始めた足圧センサシューズ。足裏の数カ所のポイントの足圧を計測することで荷重のかかり方がわかり,歩行や走行,階段昇降,座りや立ち止まりなどの状態を識別することができる。また,歩行状態から歩き方の異常を検知することもできる。この装置は靴に内蔵するタイプで計測部分は非常に小型で軽く,装着感にも問題はない。

 また,腕時計型運動センサもマイクロストーン社により開発されている。通常は腕時計として使えるが,加速度センサと角速度センサを内蔵しており,手首の振りや振動を計測することで行動状態を識別し,運動の状態から消費エネルギー量の算出も行なっている。その他にも,食事や会話を検出するセンサなど様々なウェアラブル機器が,実用的なサービスの実現に向け開発されている。

ウェアラブル健康管理ツールが手放せなくなる?

 さらにウェアラブルが活躍する場として,健康管理の分野がある。いまや健康情報は花盛りであり,重要な関心事となっているが,常に変化する心身の状態をしっかりと自己管理するのはなかなか難しい。「健康管理しなければならないのはわかっているが,毎日忙しくて人間ドックや医者にかかることもできない・・・・」という人は多いだろう。

 検診キットを使った在宅検診が人気なのもうなずける。しかし,ウェアラブル機器であれば,毎日着けているだけで余分な時間や労力をかけずに健康チェックを受けられるようになる。また,病気を抱えている人は,常に状態を見守って緊急時に自動通報までしてくれれば,安心して生活できるようになる。

 WINは,東大や参加企業とともに各種のウェアラブル機器の開発を行っている。中でも,少子高齢化社会を迎えて,ますます重要な問題となっている健康・福祉分野での利用を目的として,各種のバイタルデータをセンシングする機器を開発し,ヘルスケアシステムを構築する活動を行っている。

 人体の各部に装着するマイクロセンサにより,脈,血圧,血流,血中飽和酸素濃度,心電,体温,体動加速度などのバイタルデータを計測し,各個人の必要に応じて健康管理を行うというものだ。医療・介護サービス,健康管理サービスとして,使いやすさ,サービスの仕組みを整備していくことが今後重要となる。

 携帯電話がいまや手放せなくなったように,ウェアラブル健康管理ツールも常に身につけている──そんな時代が今後やってくるかどうかは,これからのサービス開発にかかっているといえよう。

※今回は,私の東大時代の学生で、現東大博士課程3年杉本千佳さんの博士論文の中味を中心に紹介しました。