つい最近までは,手記などを出版して書店に並べる特権を持つ社長は,大企業か急成長企業の有名社長に限られていたはずです。もし無名の中小企業の社長が本を出そうとするならば,自費出版しか道はありませんでした。しかし,それはブログ前夜のお話。これからは,中小企業を中心に社長ブログが広まり,それをもとに出版されることも珍しいことではなくなるでしょう。

 その好事例を最近目の当たりにしました。ブログを始めてわずか1年の社長が,来る9月27日に,1冊の本を世に送り出すのです。その本の題名は「遺品整理屋は見た!(扶桑社)」。著者はキーパーズ有限会社 代表取締役の吉田 太一さんです。

 その原稿を拝読しながら,名刺代わりにブログを持ち,会社案内代わりに著書を持つというのが,「社長の甲斐性」になるかもしれないと感じました。そこで,吉田さんがどのような契機でブログをはじめ,出版につながったかをご紹介しながら,社長がブログをテコにして著書を出版し,広報効果を上げるための心得を学んでみましょう。

ドラマのある非日常的な仕事に興味津々

 キーパーズの吉田さんとは,昨夏,特定非営利活動法人エルダー旅倶楽部 理事長 大社 充さんのご紹介で知り合いました。吉田さんと大社さんは,かつて苦学時代に同じアパートの隣人で,それ以来のおつきあいだそうです。

 吉田さんの会社キーパーズが急成長して事業拡大期に入ったので,大社さんのご自宅に友人たちが集い,同社の今後の展開についてアドバイスをしようということになりました。光栄なことに,私もその会に同席させていただきました。そして,吉田さんの会社,キーパーズの事業内容をお聞きして大いに驚き,また事業の社会的な意義や必要性に共感したのです。

 キーパーズのホームページには,こんな事業説明文が並んでいます。


当社では,『天国へのお引越しのお手伝い』の言葉どおり,故人の残された家財をゴミではなく,遺品として取扱いし,突然の出来事でお困りの方への『遺品の整理』を一括で代行させて頂く為の専門サービスです。

『お部屋の片付け」・『貴重品の捜索』・『分別仕分』・『搬出』・『清掃』・『形見分の引越』・『リサイクル品の買取・売却』・『リフォーム相談』・『バイクや車の廃車手続』・『葬儀社紹介』など様々な問題のご相談を一括でお受けいたしております。


 しかし,実際の現場は,そんなキレイ事だけでは済まされないようです。人知れず亡くなる独居老人のお話など,お聞きしただけで胸が締め付けられました。これまで同社では,3000件を超える遺品整理のお仕事をされたそうです。吉田さんのお話から,その現場一つ一つにドラマがあることが,ひしひしと伝わって来ました。

現実ブログ!!「現実にある出来事の紹介」

 大社さんのご自宅で,私たちはすっかり吉田さんの話に聞き入っておりました。そして最後には,「ぜひブログで情報発信した方がいい!私もそのブログ読みたい!」と吉田さんに訴えました。

 嬉しいことに,吉田さんは,さっそくご自身の体験やお考えをブログで綴(つづ)り始めてくださいました。その題名は...現実ブログ!!「現実にある出来事の紹介」という凄まじいものです。

 サブタイトルは,さらに生々しく「独居老人 孤独死 自殺 ゴミ屋敷 遺品整理 痴呆 遺品処理 縊死 夜逃げ 殺人 現場 遺言 葬儀 相続・・現実の出来事」とあります。

 ブログ開始は,昨年の8月4日。「遺品処理スタッフが現場から見た現実!」という,以下のような記事で始まっています。


少子化,高齢化による独居老人の増加に伴い遺品の処理でお困りの方が,増えています。

スタッフが遺品処理の現場から見えた,遺族の思いや実態を中心にお伝えしています。

現実にある様々な出来事を紹介し,そのことにより,今まで知らなかった問題を知り,対策や予防などで皆様のお役にたつことができれば幸いです。

葬儀,僧侶,形見分け・・・・・・・意外に知られていない一面もご紹介します。

皆さんのご感想をお願いいたします。


吉田さんのブログが愛読者を増やす理由

 テーマがテーマだけに,このブログがネットコミで人気を得るのに時間はかかりませんでした。回を重ねるごとに読者が増えて,1日1000人を超える愛読者が訪れる人気ブログになったのです。

 私は,その非日常的なテーマに加えて,吉田さんの文体や語り口にこそ人気の秘密があると思います。

 このブログが共感を呼ぶのは,重い話題ながら,吉田さんのお人柄そのままに自然体で,しかも優しい口調で書かれているからでしょう。その記事の多くは,お客様との対話を中心に,現場で見聞きしたことが,さりげなく書かれています。決して,過分に煽(あお)ることも誇張することもなく,淡々と語られているからこそ,逆に「わがこと」として考えさせられるのかもしれません。

 こうした吉田さんの文体は,ブログを書くことを躊躇(ちゅうちょ)する多くの経営者にとっても参考になるでしょう。「私の履歴書」よろしく,わが人生をドラマチックに語る必要はないのです。毎日の仕事で見聞きしたことを,静かに感謝をこめて書きとめるだけで良いのです。

 例えば,9月10日の「抑えて抑えて…」という記事は象徴的です。あるお客様が注文を突如キャンセルをされたので困惑したという内容なのですが,文字通り「抑えて抑えて」書かれています。憤る社員を逆に吉田さんが鎮めた様子が,静かに綴(つづ)られています。

 するとどうでしょう。数名の愛読者から,「ひどいですね」という同情と励ましのコメントが寄せられているのです。そのコメントに対して,吉田さんご自身が「愚痴言っちゃってすみませんでした。」とお詫びとお礼のコメントを返されているのも印象的でした。

 1年間ブログを続けているうちに,愛読者との間に目に見えない絆が結ばれるようになったのでしょう。

ブログと連動「現実にある出来事」問題対策サイト

 吉田さんは,やがてブログでもホームページでもカバーしきれない情報を整理して,専門サイトを別途作りました。

 それが,「現実にある出来事」という問題提起と対策サイトです。そこには,独居老人 孤独死 自殺 遺品 ゴミ屋敷 ゴミマンション…,といった吉田さんが日々目の当たりにしてきた「現実の問題」が分類され,メニューとして並んでいます。

 それぞれの問題メニューをクリックすると,各自が事前に解決するための一助となる情報が表示されます。これらは,参考文献や参考サイトをもとにコンパクトにまとめられた問題解決情報です。参考となる関連リンク集も充実しています。

 私が吉田さんを尊敬しているのは,こうした「哀しい現実」のおかげでビジネスが成り立っているにも関わらず,その問題が少しでも無くなること,軽減することを願っていることです。実際にお話をしていても,言葉の端々から感じられる吉田さんの思いが感じられるのです。それは,この手間ヒマかかったサイトやブログをご覧いただいても,おわかりいただけることでしょう。

出版社数社から書籍化の申込み

 「現実にある出来事」ブログが人気を集めるうちに,吉田さんが想像していなかったことが次々に起こりました。テレビなどマスメディアの取材が増えたこと。求人募集に役立ち離職率が下がったこと……。

 しかし,何と言っても驚きだったのは,頼んでもいないのに,いくつかの出版社から書籍化の申し込みメールが届いたことだそうです。申し出があった出版社の担当者と会った吉田さんは,熱意を感じた扶桑社での出版を決意されました。

 吉田さんにご紹介いただき,担当編集者である扶桑社 書籍編集部編集長 碇 耕一さんに,出版の経緯をお尋ねしました。すると,こんなメールが返ってきたのです。


もともとは,弊社の若手の販売部員がネットでブログ「実際にあった出来事」を“見つけてきた”ことがきっかけでした。といっても,「遺品整理」にはまったく関係ない「理系(?)」のブログで紹介されていたそうです。

 私も,その販売部員のススメで読んでみたのですが,独特の語り口と「隣りの部屋であってもおかしくないリアリズム」のせいで,一気に読み進めてしまいました。その日のうちに,吉田さんの会社に連絡をとった次第でした。そして,その二日後にはお会いしていました。

 その後は,話はとんとん拍子で進み,なんの障害もなく,順調に発売を迎えることになりそうです。

 この「実際にあった出来事」というブログですが,おどろおどろしい雰囲気があったら,出版化の声を掛けていなかったと思います。ブログのデザインも吉田さんの語り口もきわめてシンプルでわかりやすくて丁寧につくられていました。

 また,このブログを面白いと紹介していたブログもそうだったそうです。これが,たとえば「遺体」とか「死臭」といった若干アンダーグラウンドなキーワードでつながっていたら,たどることもなかったと思います。

 このように異種なテイストを持つブログ同士がうまく連動して,ヒットの種を見つけ出すことができるという,ひとつの好例になれば幸いです。


 扶桑社の碇さんのメールを拝読していると,まさにブログ縁とは不思議なものだと感じます。そして,導かれるように出版へと結び付いたのも,「遺品整理道」を究める吉田さんの「ブログ道」が,静かな共感を読んだからでしょう。

ブログと書籍でキーパーズの自然なPR

 これまでの吉田さんの悩みは,遺品整理という仕事柄,おおっぴらな宣伝広告がしづらいということでした。

 例えば,引越し屋さんのように,トラックに「遺品整理ならキーパーズ」と書くわけにはいかないそうです。そんなトラックが,アパートやマンションに止まったら,隣近所のみなさんは驚き,街の噂になってしまうからです。

 また,いくらネット時代とはいえ,ホームページに生々しい事例を並べては,せっかく依頼をしようと検索してきたお客様が驚いて帰ってしまうかもしれません。

 しかし,ブログが人気を集めるようになって,ホームページとの相乗効果が生まれました。ブログを愛読している方がリンク先のキーパーズWebサイトを見るのは,ごく自然な流れです。「現実にある出来事」という問題解決サイトとの相互リンクも重要な集客手段でしょう。

 そして,今回書籍が出版されたことで,吉田さんのお人柄と仕事ぶりを知る人はさらに増えるはずです。マスメディアの取材も,ますます殺到するでしょう。そして,キーパーズの仕事に感謝するお客様も増え続けることでしょう。


自分が遺すべきもの遺したくないもの

 それにしても…,吉田さんとお話をしていると,ありがたいことに「恐ろしいこと」に考えがおよんでしまいます。それは,いざという時の自分自身の遺品のことです。

 将来,自分は何を遺すべきか,何を遺すべきでないか。あるいは,万が一,今,事故で死んだ時,自分の遺品は何になるか,何が残された家族にとって迷惑か…。例えば,パソコンやCDなどに残されたデータも含めて…,今何をすべきか考えずにはいられません。

 結局は,モノもデータも絞りに絞って,必要最低限なものだけを持ち,なるべく少なく遺すのが良いのではと考えるに至りました。吉田さんのブログを読んでいると,たくさん遺して争いや迷惑の種を遺す人よりも,身一つでこの世に別れを告げ,モノより良い思い出を遺す人の方が爽やかで,尊敬できるような気がするのです。

 さて,みなさんは吉田さんのブログや本を読んで,次代に何を遺したいと感じるでしょうか?何を遺したくないと感じるでしょうか?