「個別製品や個別サービスの提供から脱却し、仕組みビジネスに転換する」。電子情報技術産業協会(JEITA)が06年7月に発表した「情報システム産業ビジョン2016」の骨子である。日本の産業が10年後にグローバル市場で存在感を示すための姿を描いた背景には、このままハードだけ、サービスだけの提供にとどまっていれば、IT産業がますます厳しい経営状態に陥ることに対する危惧がある。

 事実、富士通やNECなど大手ITベンダーの業績は低迷し続けている。JEITAによると、各社のIT事業の中でハードの営業利益率は2~3%、ソフト・サービスは6~7%で、欧米ベンダー(ハード6~8%、ソフト・サービス10%程度)と比べると収益率が悪い。不採算プロジェクトの増加が全体の利益率を悪化させ、業界最大手の米IBMとの差は開くばかりだ。ちなみにIBMの05年度の税引き前利益率は、ハード(システム・アンド・テクノロジー)が8.9%、ソフト・サービス(グローバルサービスとソフトの合計)が11.8%である。

 「日本のITベンダーはこの15年間で立ち遅れてしまった。産業構造の変化に対応できなかった結果、グロバールスタンダードやデファクトスタンダードから取り残され、国内ビジネスが中心になってしまった」(JEITA関係者)ことが一因である。「IT産業はぼろぼろ状態と思われているかもしれないが、ICダグやICカードなど固有のところで強みを発揮している。しかし、このまま内需中心だと、外から国内市場に参入されれば、その強みもいずれシュリンクしてしまう」と危機感を強める業界関係者は少なくない。付加価値の高い製品を持てない状況で、中国やインドなどコスト競争力の高いライバル企業が台頭してきたことも危機感を募らせる要因となっている。

 JEITAの中で、IT産業のプレゼンスが低くなってきたことも産業ビジョン作成の背景にある。IT産業の業界団体である日本電子工業振興協会と家電や部品メーカーなどで構成する日本電子機械工業会が6年前に統合して誕生したJEITAだが、その活動の中心はデジタル家電になったかのように見えてきた。政府もIT産業の育成よりも、ユーザー企業のIT利用に関する施策を中心に打ち出している。e-Japan戦略にそれが顕著に現れている。

仕組みビジネスの構築でグローバル市場に進出

 そうした中で、JEITAが出した産業ビジョンは、日本のITベンダーがグローバル市場に打って出るチャンスは、「仕組み」ビジネスにあるとする。いつもでどこでも誰でもが情報に簡単にアクセスできるユビキタス情報社会の進展に伴って、「ITが社会のインフラから社会を変革する『仕組み』に進展する。この仕組みを構築すれば、サービスを提供する中核産業になれる」(JEITA)。つまり、日本のIT産業の役割、存在感を高められる絶好の機会というわけだ。

 ただし、OSやチップ、サーバーなどハード単独ビジネスでグローバル競争に参戦するのは現実ではない。そこで、日本がグローバルで先行できる市場を作り出すことから着手する。選択したのは情報家電ネットワークシステムのバックエンド市場、医療情報システム市場、危機管理・防災市場など5つで、これら市場向けITインフラからビジネスの仕組みまで担う、簡単に言えば巨大ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)の構築である。もちろん、JEITAの存在感も高められる。

 市場ごとに、社会制度や商習慣などの仕組みをも内包した仕組みを早期に立ち上げるとともに、システムの信頼性やセキュリティを含めたサービス・プラットフォームの整備を進める。もちろん市場形成に必要な技術的なボトルネック、制度的なボトルネックも解決していく。例えば医療情報システムでは、患者の個人情報を保護・管理するためのセキュリティ確保という技術面で解決すべき課題がある一方、利用範囲を広げるために電子カルテの保管を民間企業でも可能にするといった制度面で解決すべき課題もある。

 同時に、各市場向けの膨大なトランザクション処理などを支える共通ITインフラ作りを進める。ここには、超高性能なハードやセキュアな基本ソフト、IT資源を有効活用するためのグリッドコンピューティングや検索エンジンなどのミドルウエア、共通サービス部品などを用意する。これらハード、ソフトの開発のベクトルを合わせる必要もある。バラバラなコンセプトで開発しては意味がなくなるからだ。

 実は、産業ビジョンの一部は、自民党の国会議員で構成する情報産業議員連盟が05年末に打ち出したユビキタス・オペレーティング・プラットフォーム(UOP)構想に近い。日本のIT産業の国際競争力を強化し、自動車産業に続くリーディング・インダストリに育成する狙いのUOP構想は、ハードやソフト、サービス、キラーアプリケーション、さらには成果物をアジアなどに展開するマーケティングまで含まれている壮大なプロジェクトである。

 JEITAの仕組みビジネスも、UOP構想と同じようにアジア展開を推進すべきだとしている。UOP構想と異なるのは、ITインフラとそれをうまく活用できる医療情報システムなど新市場の立ち上げをセットにした点だ。市場というアプリケーションだけ、ITインフラだけでグローバルで勝負するのは難しいが、市場とITインフラを一体化させられれば日本のITベンダーが競争優位に立てる可能性が高まる。「ITは社会のインフラから仕組みを作り出すものになってきた。だからこそ新しい市場を作り出せれば、それぞれの市場で世界をリードできるはずだ」(JEITA)。

迫られる業界再編

 それを実現させるうえで、業界再編も必要になる。このことは産業ビジョンで触れられていないが、10年後に社会システムの担い手となる「全体統括企業」と、ITインフラの中核技術、製品・サービス力を持った「執行企業」に分かれることからも明白だろう。1社ですべての市場に対応し、必要な技術すべてを開発することは到底困難である。ITベンダー各社が事業の選択と集中を推し進める中で、全体統括企業と執行企業に分かれ、そして両者を組み合わせた形でグローバル展開する。

 メインフレームからサーバー、パソコンまで、そしてあらゆる業種・業務向けソリューションを同じように展開している富士通、NEC、日立の大手3社がどの市場、どの事業に集中するかが大きな課題になる。手始めに市場ごとに協業しながら、日本発の世界標準仕様を作り上げ、本格的な市場立ち上げ時にITサービス会社を含めて再編する。そんな手もあるだろう。そして、各社が同じ市場をバラバラに開拓していくという無駄を回避し、営業利益率10%を目指すべきだろう。そこからがグローバル展開の本領を発揮することになる。

注)本コラムは日経コンピュータ06年9月4日号「ITアスペクト」を加筆したものです。