ご存じの通り,GUIの歴史は(事実上)XEROXのPalo Alto Research Center(PARC)が開発した「Alto」に遡る。XEROXは,コンピュータ化が進むとペーパーレス化が実現され,コピー機が売れなくなると考えたらしい。そこで,「未来のオフィス」をテーマに,自由な研究を行う場を作ったという。

 現実には,ペーパーレスどころか,むしろ紙の量は増えている。増えた紙の多くはレーザー・ビーム・プリンタで印刷されたものだ。レーザー・ビーム・プリンタは,XEROXの成果の1つだから,確かにペーパーレス化の進行はXEROXによって阻止されたのかもしれない(紙の浪費は決して好ましいことではないと思うが)。

 私が最初にXEROXのコンピュータを知ったのは,日経サイエンス別冊のどれかだったと思う。Smalltalk-80とセットで解説記事があったはずだ。マウスというものも初めて知った。ただ,3つのボタンの使い分けは結構分かりにくかったように記憶している。実際に使ってみれば意外に簡単にマスターできたのかもしれないが,誌面では分かりにくかった。

 XEROXはAltoの後継としてDolphin,Dorado,Dandelion(通称Dシリーズ)を開発し,「オフィス・ワークステーション」Starとして商品化した(注1)。また,プログラム開発環境を含んだコンピュータも発売された(日本では1100SIPなど)。ただし,いずれもあまり売れたようには思えない。利用者1人当たりのコストが高すぎたのだろう。何しろ,ワークステーションだから,同時に1人しか使えない。

(注1)パロディ版アスキー「AhSki!」には「エンジニアリングワークステーションSunと,オフィスワークステーションStarを融合したSunStar」として歯磨き粉の写真が掲載されたことがある。

 ところで,JStarは,Starの日本語化ではないらしい。Starには,富士ゼロックスとの共同開発による日本語処理機能が備わっており,JStarと完全な互換性を持っていたという(注2)。Windowsに日本語版が統合されるのはWindows 2000からである。Starの先進性がうかがえる。

(注2)「情報処理」1984年2月「高機能ワークステーション:オフィスプロフェッショナルワークステーション(JStar)と統合プログラミング環境ワークステーション(1100SIP)」より。著者の上林憲行・伊東健・上田良寛の3氏は,いずれも富士ゼロックス所属(当時)。同論文によるとJStarは「利用者の心理的負担を減らすため」2ボタン・マウスになったという。なおこの論文のPDFファイルは,情報処理学会の「電子処理学会電子図書館」でダウンロードできる。学会の会員は無料で,非会員でも有償(630円)で入手できる。

 Macintoshは,Steve Jobs氏がPARCで見たSmalltalk-80のデモに感動して生まれたという。Smalltalk-80のGUIは,StarのGUIとは違っていたらしいが,ハードウエアはAltoあるいはその後継機種だったようだ。

 Windowsが生まれるのは,アップルが発表したLisaを見たからだと言われている。また,ウインドウ・プログラミングのノウハウは,Macintosh用の表計算ソフト(後のExcel)の製作を請け負ってからだと言われている。ただ,Windowsが直接Mac(またはLisa)の真似をしたかというのは微妙である。Starは1981年には発売されており,こちらを参考にすることもできたはずだ。

 初期のWindowsはタイリング方式で,Lisaとは似ていなかった。その後,Windowsの新版でオーバーラップ方式に移行する。この当時,Excel開発のため用意したMacintoshがたくさんあったので,(著作権意識が高くないエンジニアたちが)それを真似たというのは,ありそうな話ではあるが,断言する根拠もない。

 さて,このように,現在のシステムに大きな影響を与えたXEROXのマシンがなぜ失敗したのだろう。オープンなアーキテクチャではなかったから? しかしアップルはApple IIというオープンなアーキテクチャから,Macintoshというクローズドなアーキテクチャに移行している。市場シェアは落としているが,存在感は決して落ちていない。やはり,価格が高かったせいではないだろうか。

 初期のMacintoshは基本構成で確か70万円くらいだったと思うが,JStarは数百万円だったように思う。PCの歴史を振り返ってみると,高価な製品が売れたことはほとんどない。価格を上昇させる規格もほとんど普及しなかった。そして,価格を下げる圧力は,市場競争から生まれる。JStarの対抗機種は,当時のワープロ専用機だった。ワープロ専用機は,JStarと比べ,ハードウエア的にもソフトウエア的にも大きく劣っていた。しかし,同じ大きさの文字で,明朝とゴシック・フォントしか使わないのなら,印刷文書の質は大して変わらない。DTPに代表される複雑なレイアウトや多様なフォントが,オフィスで求められるようになったのは,ずっと後の時代である。

 Windowsの競合は事実上Macintoshだけである。現時点ではLinuxのGUIは「Windowsと同じことができる」に留まっており,市場をリードするには至っていない。ところが,WindowsとMacintoshは同一ハードウエア上では動作しない。そのため,直接の競合が発生しない。これでは健全な競争は望めない。そもそもパーソナル・コンピュータ市場は,ハードウエアとOSとアプリケーションを別の会社から調達できるのが利点だったはずだ。

 幸い,Macintosh上でWindowsを動かす機能が登場した。次は,PC上でMacOSを動かしてみたいと思うのは私だけではあるまい。