良い医者,良い営業マン,良い経営コンサルタント…。
 良い料理人,良い陶芸家,良いミュージシャン…。

 前者の三つと,後者の三つには大きな差があります。

 前者は,“仕事の結果を出す”必要を伴います。病気を治す,売り上げを伸ばす,会社の業績を伸ばす,という結果が出なければ,どんなに親切で安くても「良い」とは言われません。医者などは病気を治すのは当たり前なので,いかに患者さんに信頼され,恐れを取り除き,精神的,肉体的負担を除いてあげることができるか――そういった普通の医者以上の付加価値があってはじめて,「良い」と言われます。

 一方後者は,評価が人それぞれに違います。おいしい料理,美しい器,イイ感じの音楽などといったものは,受け取る人によって評価がまちまちです。しかし,それはそれで良いのです。この場合,良いという基準は自分の感じ方にあるのであって,自分が良いと思えば「良い」のです。

 それでは,良いデザイナーとは,どんなデザイナーでしょうか? デザイナーは,前者と後者のどちらに属すのでしょう。

 基本的にいうと,デザイナーは前者,すなわち結果を出す職業に属します。しかし,ちょっと違うのは,クライアントの要望や好みによって,デザインが左右されるという点です。クライアントの判断によって,デザインのクオリティが落ちたり,目標達成に至らない,例えば商品が売れなかったりする場合が出てくることがあるのです(デザイナーの能力が低い場合,その逆のケースがありますが…)。

 良いデザインを作るために,デザイナーはプロとして様々な知識や意識,考えを持っている必要があります。そのうえで,良いデザイナーは,良い結果を出すデザインを作ります。それでは,良いデザインとは,何を持ってして良いデザインとするか? 人それぞれ考えがあると思いますが,私は,次の四つのポイントをクリアする必要があると思っています。

●伝えたい世界観(イメージ)が伝わっているか
 商品,サービスには,それぞれ特性があり,それを使ってもらう生活者の世代や業態に則したイメージでなければなりません。会計事務所のパンフレットには,信頼性を感じさせなければなりませんし,文学館の展示デザインなら,文学の香りがデザインに欠かせません。

●伝えたい情報が伝わっているか
 情報を伝えるためにわかりやすい文章で表現する,というのは当然ですが,情報伝達の手段は言葉だけではありません。情報の強弱関係や説明の順番などの全体の構成,図解のデザインのわかりやすさ,写真を使用したほうがよいのか,イラストは写実的なものよりも単純なもののほうが良いのか,などの視覚言語も内容にふさわしい方法を選択しなければなりません。

●アイデンティティ,オリジナリティがあるか
 商品写真やロゴマークを差し替えてしまえば,別の会社の製品カタログに化けてしまうようなデザインは,オリジナリティが弱いと言えます。商品やサービスのアイデンティティがはっきりしていない場合は,同業他社との差別化を打ち出すためにブランド・アイデンティティを構築しなければなりません。

●美しさ,造形的センス
 美しいと思うかどうかの感じ方は人それぞれ違いがあるでしょう。それは料理の味と同じく,理論的に説明ができない世界です。しかし,理由はわからないけれど,きれいだとかアンバランスだとか,感じることは誰しも経験があると思います。訓練を重ねたデザイナーは,この感覚が鋭く,常にある規準以上のものをつくることができます。

 優れたデザインは,少なくとも以上の四つの点に留意して作られているべきあり,良いデザインとは,良いコミュニケーションができ,結果を出すデザインであると私は考えます。


私も良いデザインを作れるようにがんばっていますが,現実は,この短い時間で,この予算で,要望の多いクライアントさんを説得しながらいかに良いデザインを作れるのか…と,壁の厚さを感じています。しかし,この壁を乗り越えていけるのが,「良いデザイナー」とも言えるのかもしれません。