Googleについて興味深いと感じるのは,彼らが本格的にサービスを開始してから相当期間,ときには年単位の時間が経過してから,初めてビジネス・モデルを絞ってくることです。少し長めですが,共同創業者で技術部門担当社長のサーゲイ・ブリン氏の言葉を引用してみましょう。以下は2004年10月18日,東京での共同記者会見で,「Google Desktop Searchはどうやって収益を上げるのか?」という質問への回答として出てきたものです。


 グーグルの検索エンジンが最初に登場したとき,収益モデルについてはそこまで明確ではありませんでした。しかし,質の高い検索サービスを提供したことで多数のユーザーに利用してもらい,その結果広告掲載で利益を上げることができたのです。今回も同様に,ユーザーが求めるサービスというものを第一に考え,収益モデルはその後からついてくるものだと思っています。

(「Web 2.0への道2 Googleのすべて」,インプレスR&D発行,19ページより)

 この回答は,Google Desktop Searchの代わりにGoogle MapsなどほかのGoogleのサービスについて尋ねても,あまり変わらないと思われます。そして,現在でも,この基本姿勢に変化はない,と言ってよさそうです。まず,サービスを出してユーザーに使ってもらい,その反響を見て(恐らく,ときには設計者が予想しなかった用途や御利益を確認して),後から収益モデルを考え,決めていく,という点が重要です。

 Google Mapsについて言えば,無償版Google Mapsを発表したのが2005年7月。Google Maps for Enterpriseの発表は2006年6月12日なので,11カ月たっていることになります。しかも,詳細はいまだに決まっていません。カスタマー・サポート要員を抱え,彼らの労働時間の積分に比例するという伝統的なサービス業の収益モデルを新たに採用することで,体制の変更に時間を要しているという事情も手伝っているでしょう。

 Google自身は,Web 2.0という言葉をあまり意識していないようです(参考記事)。しかし今述べたように,新しいサービスを世界中で使ってもらい,その何カ月も何年も後になって,ユーザーの反響や手ごたえを十分得てから収益モデルを決めていく,という姿勢は,最も先端的なWeb 2.0企業と呼ばれるのにふさわしいものだと思います。

 このような,「先にサービスを提示する」というWeb 2.0の特徴について,ピーデー代表取締役の川俣 晶氏は近著で次のように語っています。


 Web 2.0の代表的なサービスであるGoogle Mapsを例に考えてみましょう。

 なぜ,Google Mapsというサービスは,それが素晴らしく価値があることを多くの人に納得させることができたのでしょうか。

 その答えは簡単です。

 Google Mapsは,誰でもすぐに自分のパソコン上で試すことができ,それは従来のインターネット上の地図サービスと一線を画する異なった勝手を実際に提供していたからです。・・・(中略)・・・Google Mapsは,さほど多くの言葉を添えられず,ただサービスだけがポッと我々の前に提示された感があります。

(「実践Web 2.0論---Web 2.0を第二のネットバブルにしないための警告の書---」,アスキー発行,「8.2 口先だけの人はだめ。動いてこそ」より)

 これまでのGoogleと異なるのは,労働時間に比例する人的サービスを収益源とした点です。あるいは,これを極力避けようとしていたがために,1年近く別のビジネス・モデルを検討したけれど,結局これに落ち着いた,ということかもしれません。

エンドユーザーからお金を取らない点は評価できる

 ここでは,やや否定的なトーンで「人的サービスの対価」としての収益モデルに落ち着いたようだ,と述べました。しかし,そもそもどうやってお金をとっていいか分からなかったマッシュアップ・サービスについて,引き続き「コンテンツとその利用(API)自体は無料」を貫いて収益モデルを打ち出してきた点は評価に値すると思います。

 「破壊者Googleへの恐怖」を語る切り口で言えば,従来のシステム・インテグレーションを,エンタープライズ・マッシュアップによって大幅に簡便化し,価格破壊を起こしつつある,と言うこともできます。このようにみれば,決して小さな出来事ではなく,IT業界(特に日本のIT業界)の体質転換を迫る歴史的事件,とさえ言えるかもしれません。

 しかし,この体質転換は,IT業界にとっても良いことであり,もちろん,ユーザー企業にとっても歓迎すべきことである,と考えています。次回以降,この観点で,今後の企業情報システムのあり方について考察してまいります。