「(失敗プロジェクトを大幅に減らす活動は)SEと営業の行動を変えるという最後の段階に入ってきた」。富士通で、増加する失敗プロジェクトの撲滅に取り組んでいるSIアシュアランス本部の梅村良本部長・常務理事は嬉しそうに語る。

 富士通はSI案件で03年度に600億円(70件)、04年度に400億円(152件)の合計1000億円弱にのぼる損失を発生させた。これはSI受注金額なら2兆円に相当する規模になるが、「リスクを考えず、とにかく仕事を沢山とってきた」(梅村氏)のが大きな理由だ。営業とSEが密接に活動してこなかったこともある。「営業は商談を取ることが仕事になっていたこの時期に失敗が増えた」(同)。しかも、一つの失敗があると、そこに優秀な人材を投入する。ところが、その人材の抜けたプロジェクトが難航するという悪循環に陥ってしまった。

 年間1万7000件のプロジェクトを調べると、件数で4%、金額で56%を占める1億円以上のプロジェクトに課題があることが判明。そこで、富士通は05年4月、黒川博昭社長の直轄組織としてSIアシュアランス本部を設置し、SIプロジェクトの精査に乗り出した。このSIアシュアランス本部は(1)商談・プロジェクト監査室、(2)プロジェクトガイド室(計画書の整備など)、(3)契約・制度審査室、の3部門を設けてプロジェクトの知識体系やプロフェッショナル制度などによる人材育成の整備などを行ってきた。

 実は、こうした活動は01年度からSIアシュアランス本部の前進、SIプロフェッショナル室が取り組んでいた。だが、同室には、赤字になりそうなプロジェクトに対して、「中止しろ」という権限がなかったのが問題だった。商談のリスク、見積もりなどのチェックなどを行うなかで、「この商談は赤字になりそうだ」と分かっても、営業などが「戦略的に請け負うべきだ」と主張することがある。

 富士通はそれを「戦略商談」と呼ぶが、その条件が曖昧だったことが失敗プロジェクトを増やす要因になってしまった。確かに、(1)ユーザーあるいはマーケットを深耕できる、(2)横展開できる、(3)人材育成につながる、など様々な理由はあるのだろうが、問題は本当に後々に収益に寄与するかどうかだ。だから、平均年齢で50歳を超えるベテラン50人強(専任30人)を配置するとともに、経営会議で戦略商談を判断することにした。ちなみに、05年度の戦略商談は3件だった。

 SIプロジェクトは「トップの権限でコントロール」できるようになり、損失抑制に成功する。事実、05年度の損失金額は100億円と前年度の4分の1に激減した。06年度はわずか50億円の見込みだ。一般的にSI売り上げの1~2%が損失といわれている。富士通の国内売り上げは1兆円弱なので、100億から200億円程度になる。つまり、50億円以下にできれば、SIアシュアランス本部の活動成果が出たということになる。営業利益率も05年度の5%弱から、1から2ポイントの改善を図れることにもなる。

黒川社長の3つの要求

 赤字プロジェクト削減策の一環から、SIアシュアランス本部は06年度から失敗プロジェクト研修を開始した。06年5月にSE向け5回、6月に営業向け6回を開催し、それぞれ1000人、合計2000人が研修に参加した。「本部で赤字プロジェクトをコントロールできるようなった次は、『問題点を営業やSEにすり込め』という指示が社長からあった。教訓を抽象的に話してもなかなか伝わらないので、『生々しい事例話を』との指示だった」(梅村氏)。研修の当日は、黒川社長も参加し、自身のユーザー企業との生々しい経験談も語ったという。

 黒川社長は研修開催にあたり3つのことを要求した。1つ目は、営業がプロジェクトに問題があれば、いつでも口を出すこと。往々にして、営業はプロジェクトが始めるとSE任せになる傾向があるからだ。2つ目は、時間を大切にすること。例えば月に新たに100人を追加投入すれば1億円の損失になる。手遅れになると、取り返しがつかなくなるということだ。

 3つ目は、勇気を持つこと。別の言い方をすれば、ユーザーと真剣にやり合うことだ。例えば、ユーザーに「要件定義や詳細設計に参画して欲しい」と依頼し、もし断れたら「そのシステムはできない」と断る。あるいは契約内容を変更してもらう。確かに、ユーザーとの関係は一時的にギクシャクするかもしれないが、それでも遠慮せず行動する。もちろん、社内に対しても積極的に発言する。しかも、「こうしたことを密室で行ってはいけない。誰も責任をとらないことになるからだ」(梅村氏)。

 研修会は、上流の要件定義、詳細設計ができないまま、製造(開発)工程に入ってしまった、など複数の失敗条件を盛り込んだものにした。例えば(1)仕様問題を先送りにした、(2)作業遅れの問題を人、金、時間で解決しようとした、(3)ユーザーから費用削減を要求されると、それを営業がSEに話をすると、SEは努力目標で見積もり金額を減らした(金額を減らす根拠がないにもかかわらずだ)、(4)密室で商談を進めた、(5)開発変更があっても、契約条件を変えなかった(例えばパッケージ適用だったのが、ユーザーの要件に合わないので一からの開発になれば、変更するのは当然)、(6)開発などの体制不備、などだ。そして、事例研修会ではプロジェクトの経緯、リカバリ対策、そしてどこがまずかったのかなども発表したという。

 SIアシュアランス本部は07年度以降も失敗研修を定常的な教育コースに組み込む計画。「プロジェクトの問題、リスクが発生した時に、どうするのかを考え、自分で行動を起こし、その結果がどうなるのかを疑似体験させるような内容だ」(梅村氏)。

 こうしたことができるようになることが、失敗プロジェクトのさらなる削減につながるというわけだ。