私は海外アウトソーシングの仕事でよく海外に出かけます。その際,本当の海外事情を知りたいので,リスクが小さいと思われる範囲でよく一人で行動します。実はこれまで海外各地で様々な出来事に遭いました。今回はインドのタクシーでの出来事についてお話します。

 あれは北インドのデリーと南インドのチェンナイに出張した時のことでした。デリーにてソフト会社との打合せ後,ある五つ星ホテルに泊まりました。その晩ゆっくり休んで英気を養い,翌日午後のチェンナイでのタフな打合せに臨むつもりでした。翌朝ホテルのフロントで頭にターバンを巻いた背の高いガードマンに空港へのタクシーを呼んでもらいました。ホテルのタクシーは安全だと思い込んでおり,飛行機の離陸まであと3時間以上あり十分余裕があるのでくつろいだ気分でいました。

 そして,目の前に止まったタクシーに乗った時,うさんくさい感じの男二人が運転席と助手席に乗っているのに気づきました。風体から見てホテルのタクシー運転手ではないとすぐにわかりました。「少しおかしい,降りた方がよいかな」と思った時,車は走り出してしまいました。やむなく私は「デリー国内空港まで」と頼みました。運転手はタクシーメーターを倒しません。私はいつものように多めのタクシー代を請求されると思ったので,デリー空港までの料金を確認しました。運転手は400ルピー(約900円)と言うので,私は「それは高い! 250ルピー(約600円)なら払うよ」と返答しました。通常運転手側も折れるものですが,その運転手は金額を変更しようとせずその表情をこわばらせました。返答が彼の期待したものと大きく違うようでした。

 ここで折れると次の日本人もまた同じ目に合う。できる限り,危険のない限り,交渉してみようと思いました。朝8時前なので外は明るく,しばらく太陽は沈むことはありません。明るいうちなら空港へ行く道も分かるのでそれほど怖くはありません。しかし2人の男は屈強でしたので,まずい場合は金を払おう,もし危なければ金で解決しようと考えました。

 しばらく走っているうちに「お前は何をやっているんだ」と聞かれたので,「ソフト開発ビジネスだ」と答えました。運転手に「あなたの方は何をされているのですか」と尋ねますと,「タクシー会社を経営している」と言葉が返ってきました。「ということはあなたは経営者ということですね。それは素晴らしい,雇われとは違う起業家ですね」と持ち上げました。

まさかの「検問」,タクシーの中で足止め

 朝なので道は空いており,車はいつものようにすいすいと走りました。もう30分もすれば空港に到着すると思っていた矢先のことです。先に走っていたすべての車が警察官に止められています。検問だとわかりました。これまで一度も検問にかかったことはないのに,今日は運が悪いなと思いました。しかし,何の検問かがわかりません。検問はインド流に1台ずつゆっくり処理されています。じっと車の中で待つこと1時間以上がたちました。
 運転手に,「私は日本人です。午前11時のチェンナイ行きの飛行機に乗るので,警察官に伝えて早く処理して下さい」と運転手に頼みました。しかし車は全く前に進みません。警察官は相変わらずゆっくりと1台ずつ運転手に切符を切っています。ようやく警察官が私の乗っているタクシーのところにきました。スピード違反で罰金1000ルピー(約2500円)とのこと。いつものスピードでそれほど速く走ってはいないのにおかしいと思いました。運転手が警察官にヒンディー語で強く抗議していますが話はつきません。長時間大声でやりあった後,運転手は警察官から紙を受け取りました。それは罰金1000ルピーの交通違反告知書でした。

 検問が終わったのでタクシーは走り始めました。どんどんスピードを上げたので私はこれなら何とか予定の飛行機に間に合うと心の中でほくそえみました。その時運転手が口を開きました。なんと,「お前はこのタクシーに乗っている。このスピード違反の罰金1000ルピーも払え」と言うのです。私は「それはおかしい」と抗議しました。「スピード違反はタクシー運転の問題でしょう,そしてあなたは経営者でしょう。経営者はすべての責任をもつのが当たり前でしょう」と。すると運転手の顔から笑いが消えて表情が険しくなり,何も言わなくなってしまいました。怒ったようだ,これはまずい!と感じました。

トライすることとリスクとのバランスを考える

 シンガポール人で仕事を一緒にしていたM氏の言葉を思い出しました。彼は海外ではタクシー代はせいぜい10ドル~15ドル程度,いつでも言われたように多めに払う,たった15ドルのことで命を失っては元も子もない,そのようなことで争うようなリスクは冒さない方がよい,タクシー代金は知れている,と話していたのです。

 しかしもう運転手は怒ってしまったので手遅れです。タクシーは猛スピードで走っています。飛び降りることもできません。運転手と付き添いの1人はもう何もしゃべりません。いよいよ空港への道の曲がり角まで来ました。もし,空港方面の右に曲がらなかったらまずい,その時は1400ルピーすべてお支払いしますのでお助け下さい,と言うことを覚悟しました。しかし幸運にもタクシーは空港の方に曲がりました。ようやく無事に空港に着いた時,私は運転手に有難うと言って250ルピーを渡しました。3時間前に出て楽に空港に移動できるはずが,現実は予定と異なる厳しいものでした。怖い思いをして時間ぎりぎりで何とか飛行機に飛び乗れたものの,3時間のフライトで午後チェンナイに着いた後も,この出来事で私の胸はまだどきどきしていました。

 この出来事で得た教訓は次のとおりです。1.以前うまくいったからと言って,今回もうまくいくとは限らない。状況は常に変化する。2.海外でいろいろトライすることは大切だが,タクシー代程度のことでリスクを冒すようなことはしない方がよい。3.事前に運転手と話して相手を知るような努力も必要(中国出張の時,中国人の友人がしきりとタクシー運転手に話しかけて親しくなり車が故障しても無事切り抜けることができたこともあります)。4.常に余裕と代替案をもって行動する。以上,参考にしていただければと思います。


インドの町の中。トラックもタクシーも自転車も一緒に混沌として走っている。
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