「Web 2.0的なサービスでどのように収益を上げるか」---。ビジネス・モデルが大きな議論になっています。筆者としては,あまりに直截的なモデル,特にコンテンツ自体への所有欲を喚起するという古典的なモデルで,かつ著作権上グレー・ゾーンにあるユーザーの行為を看過することで成り立つビジネス・モデルには興味ありません。なぜなら,これらは長続きするとは言い難いからです。かつてのNapsterほど露骨に違反を促進するものではないとしても,「YouTubeは風前のともしびか」と今米国でささやかれています。

 個人的には,国内のMixiも,500万ユーザーを超えて「クローズドな場だからぎりぎり『公開』ではない」という言い訳が通用しなくなっていると思います。となると,著作権侵害,肖像権侵害だらけの個人日記の強制非公開(例えばマイミクと呼ばれる直接の友人かせいぜいその友人までのみ閲覧可とする)を司直に命じられてもおかしくない事態に至っていると言えるのではないでしょうか。とはいえ,こうした事情も,「足跡」というアクセス履歴のメタデータや,ユーザー・インタフェースの工夫でパーソナルな情報を引き出すのに成功したという美点を損なうものでは決してありません。オリジナル・コンテンツを創造できるユーザーが今以上に安心して快適に活動できるよう,権利侵害問題をうまく解決し,ますます発展していってほしいと思います。

価値の源泉としての様々な希少性

 ビジネス・モデルの定義にもいろいろあります。ここでは,収益モデルとそれを支える周辺の仕組み,特にValue Chain(利害関係者間の価値連鎖)が有効に機能する状態となったモデル・ケース,という定義を採用します。

 ビジネス・モデルを分類し,分析を掘り下げたなら,「何の希少性に依拠して」価値が生まれるか,を考えなくてはいけません。そもそも,モノやサービスにそれなりの値段が付くのは,それらが希少性を持つからです。これは,かつて日本で「水と安全はタダ」と言われていたことを考えれば納得がいくでしょう。

 慶應義塾大学の國領 二郎教授は,著書「オープン・ソリューション社会の構想」(日本経済新聞社,2004年発行)の第9章「知的協働の誘因設計」で,情報に関する収益モデルを,何の希少性に依存しているかで分類しています。


図1 情報価値の収益モデル
國領 二郎著「オープン・ソリューション社会の構想」から転載。

 第9章の第2節「希少性と収益モデル」の中では,まず「供給が限定されていることで生じる希少性」と「顧客側の心の中に生じる希少性(認知限界など)」に大分類しています。國領教授は,前者をさらに「モノ」と,パッケージ・メディアに封印されたソフトウエアなどの「複製困難化された情報財(疑似物財)」とに分け,収益モデルとして「所有権販売」や「利用権販売」を挙げています。利用権についていえば,モノの場合は従量制の水道料金を,疑似物財の場合はソフトウエアの利用ライセンスを想起すれば良いでしょう。

 一方,昨年あたりから「アテンション・エコノミー」などと呼ばれているのは,図1の大分類の下の方「顧客側の心の中に生じる希少性(認知限界など)」に対応し,要は「顧客の認知限界にも注目しよう」との呼びかけに過ぎません。最近IT業界でエンジニアが遅まきながら注目するようになっただけで,ビジネス・スクールでは以前から教科書で教えている内容なのです。米国の旅行業,観光業界では,9.11の悲劇以来,米国人の多くが自分たちの時間と注意力(attention)こそが最も貴重な,稀少な資源であることを自覚するようになっているとの報告もあります(Hospitality Summit in Las Vegas, May 2002における複数のホテル支配人,大学研究者の証言)。

 「顧客側の心の中に生じる希少性(認知限界など)」に依拠した収益モデルにおいて,対価の対象となるのは「顧客の商品認知,信頼」であったり,「名誉心,自己満足」であったりします。前者の対価として支払われる代表的なものは広告料です。後者の対価の例としては寄付が挙げられます。今後は,広告料を補完する形で,オークションでの信用性の担保やプライバシー保護への対価が発生したり,英雄的なフリーウエア作者が寄付の代わりに名誉という対価を得たりして,情報経済にインパクトを与えていく可能性があります。

 実際に成功しているビジネス・モデルの多くは,図1の下位にある分類項目をいくつか組み合わせたものになっています。例えば,個人間のオークション(CtoC)では,「顧客の商品認知」は無料(広告モデルの場合は有料)にし,魅力的なカタログのように提示しつつ,オークション終了時刻間際の心理戦におけるスリルなどの「娯楽」(その瞬間に参加した者だけしか味わえない稀少な商品)を提供します。

 しかし,売り手,買い手,オークション主催者の間で,この「娯楽」という無形の商品について直接対価が交換されることはありません。オンリー・ワンの中古商品という稀少なモノの所有権の移転,という分かりやすい市場モデルによってスムーズに商取引が進行し,価値連鎖が実現します。このように,有用で,持続性,発展性のあるビジネス・モデルは,図1の分類の1つだけを眺めていてもなかなか出てきません。複数の要素を組み合わせて考える必要があると言えそうです。

Web 2.0のビジネス・モデルで何から対価を得るべきで“ない”か

 Web 2.0のビジネス・モデルでは,「どこから収益を得るか」を考える代わりに,「どこから収益を得るべきで“ない”か」を考えるのも得るところがあります。考慮すべきは,「参加のアーキテクチャ」,特にCGM(Consumer Generated Media)です。従来のマスメディアは,コンテンツを提供してくれた個人に原稿料という名の対価を支払います。でも,もしあなたがWeb 2.0的企業の経営者なら,コンテンツの対価をユーザーに支払ってはいけません(笑)。

 筆者が国内の優れたWeb 2.0企業の一つと考えているイー・旅ネット・ドット・コム は,オーダメイドの旅行パッケージ商品を,契約した社外パートナ(個人事業主)が顧客とのメールのやりとりでコンサルティング,提案する形で作成し販売するサービスを売りにしています。旅行コンシェルジェと呼ぶべき彼らはブログを書き,また,コンシェルジェ間の情報交換,互いの創発(emergence)によるアイディア作りのためにSNSを活用し,価値創造の源泉としています。やりとりされるメールの本数は時に600通になることもあるそうですが,その多寡によらず,コンシェルジェが受け取る手数料は定額です。思いのたけを情熱的につづり,それが相手に理解され,喜ばれたことが報酬なのです。

 このような心理的満足も,ほかのサービスならば対価を要求されることがあるかもしれません。イー・旅ネット・ドット・コムは,そのあたりを相殺し,一種のバーター取引のような形で,オーダメイド旅行商品を創造しています。さらに,そのプロセスに参加し,実際に旅行し,旅行後も似た場所を旅した者同志でオンラインやオフ会で交流する機会を提供しています。これらすべての新しい価値に対して,顧客は対価を払い,満足を得る,という仕組みになっているのです。

 今回は,“for Enterprise”の中で,BtoBではなく,BtoC,CtoCのビジネス・モデルを議論いたしました。CtoCの代表,eBayやYahoo Auctionをとってみても,技術内容はともかく,ユーザー参加をシステムとして促進している点や,データ,例えば,ユーザーが情熱的につづった文章や写真(サイズが大きければコンテンツ提供者自身が追加料金を払う仕組みです)が重要な役割を果たしている側面をみれば,Web 2.0的ビジネス・モデルの先駆といってもよいでしょう。

 「Ajaxで魅力的な企業情報システムが作れますよ」などというメッセージも大切です。しかし,技術的なブレークスルーと新しいビジネス上の参加の形態を踏まえたビジネス・モデルを考えることで,初めて将来にわたって有効な(長続きする)ビジョンを描けるのではないでしょうか。

 次回は,Google Maps for Enterpriseのビジネス・モデルを取り上げてみたいと思います。