味の素KKは,「マヤヤのお料理ABC」でブログをいち早く活用した企業として知られています。そして,今ではブログを部分的に試用するばかりでなく,ネットコミュニケーション戦略全体を展望して,適材適所にうまく活用しているように見えます。言うなれば,自社のWebサイトで出すべき情報と,ブログで出すべき情報とを,しっかり切り分けて運用・更新しているのです。

 総合食品メーカーのWebサイトは,どうしても多種多様な商品を列挙するカタログかチラシのようなスタイルになりがちです。それでは,どんなに美しいサイトを作ったとしても,お客様を毎日のように惹き付ける魅力には欠けています。

 ですから,今日見たお客様が明日も見たいと思う情報を,静的な商品カタログ以外に盛り込む必要が出てきます。しかも,昨今望まれるのは,商品情報そのものよりも,商品の素材作りの達人の話や,料理上手のママのお手軽レシピといった周辺情報である場合も多いのです。しかし,日々更新されるべきこうした現場情報を恒常的に取材し更新するのは,手間もコストもかかります。また,Webサイトに情報があふれて,かえって散漫に見えてしまうかもしれません。

 そこで,川上のファーマーから川下のエンドユーザーまで,それぞれがこぞって情報発信して,交流の輪を広げていくブログの出番になります。言わば,会社の公式Webサイトは,単なるカタログや会社情報を発信する場ではなく,関連するブログ群への入り口にもなるのです。そのことで,公式サイトだけでは伝えきれない会社や商品のイメージの広がりと奥行きを,自然に演出することができると考えます。


「安心でおいしい」を求めるトレーサビリティ時代

 マスメディア優勢+消費者受身のネット活用前夜には,食品メーカーは,人気番組にテレビCMを大量に流すことが最重要だったかもしれません。合わせて,営業員や商品の物量投入で,量販店やコンビニエンスストアの目立つ棚に並べてもらい,インストアシェアを確保していったのです。

 もちろん,今もその基調は変わっていないかもしれません。しかし,インターネットで情報武装し,ネット井戸端会議を繰り返している生活者たちは,もはや美しいCMやパッケージだけでは納得しなくなりつつあります。

 折りしも,BSEや鳥インフルエンザの問題が取り沙汰されて,食の安全神話が揺らいでいます。わが身と家族の安全と安心を得るために,誰が誰の原料を使って,どうやって食品を加工し製造したかを公開し保証するトレーサビリティーが,今後ますます大きなテーマになることでしょう。

 一方で,人気テレビ番組「どっちの料理ショー」の特選素材のように,達人生産者の顔が見える「美味しい食材」をお取り寄せする人たちも増えているようです。「安心でおいしい」食材を求めて,先進的なネット生活者たちは,ネット検索とネットコミを繰り返し,納得できる生産者を捜し求めているように見えます。

 私見では,いずれ多くの食品にICタグやQRコードなどの個別認証システムが添えられることになるでしょう。そして,ケータイやパソコンから,いつ誰がその食材を作ったかどうかを知ることができるようになると考えます。おそらくその時は,単なる生産者データを見るのではなく,生産者のブログまでも合わせて読めるようになるはずです。


「コーンレンジャー便り」でクノールスープが身近になる

 例えば,味の素の「コーンレンジャー便り」ブログを読んで,そんな未来はすぐにでもやってきそうだと予感しました。

 この「コーンレンジャー便り」は,味の素が契約している北海道にある広大なスイートコーンの農場を舞台としたブログです。クノールスープの原料,スイートコーンの生育を見守っているファーマー=コーンレンジャーたちが,日々の様子を伝えてくれるのです。

 さらに楽しいのは,北海道訓子府小学校の3年生が,総合的な学習の一環として,スイートコーンの観察見学をしてレポートしていることです。子供たちは「コーンレンジャージュニア隊」として,このブログで一緒に活動報告をするのです。

 例えば,2006年7月6日の記事を読めば,「種が2種類あったけれど,とうもろこしの味は違うんですか?」「種にはどうして赤い色がついているの?」といった素朴な疑問と,その回答が記されています。もちろん私もその答えを知りませんでしたので,観察会に参加した気分でなるほどと思ってしまいました(本当は種の写真もあるとうれしかったのですが…)。

 このコーンはクノールスープの食材として使われるそうです。クノールスープと言えば,インスタントの代用品というイメージが先行しがちです。正直に言えば,大メーカーの定番商品の食材は,どこか得体の知れない輸入品で賄われているのではないかと,私も考えておりました。しかしながら,このブログを通じて,スイートコーンが国内で手間ひまをかけて作られていることを知りました。そして,コーンレンジャーたちのお人柄や子供たちのレポートにも触れたので,クノールスープに対する印象や安心感が高まったのです。


「アモイ日和」で中国製食材のありがちな印象を変える

 同様に「アモイ日和」というブログも,味の素のトップページからリンクされています。

 これは,味の素製冷凍食品用「冷凍野菜」を作っている,中国福建州自社管理農場の農場長さんからのお便りです。気になる野菜の育ちぐあい,農作業はもちろん,アモイのお天気,アモイの日々の暮らしなどを交えて情報発信をしています。

 残念ながら,現状では食材を日本だけで賄うことは難しいのでしょう。しかし,中国製の野菜は「農薬付けで危険ではないか」「味も今ひとつではないか」と勘ぐっている人も少なくないはずです。この「アモイ日和」は,おそらく,こうした一般生活者の不安を解消すべく,企業姿勢と生産地情報とを公開するために開設されたのでしょう。

 もし,ホームページに一行だけ「当社では中国福建州自社管理農場で安全な野菜を作っています」と書かれていたとしたらどうでしょう。おそらく,それは取ってつけたようなセールストークにしか見えません。しかしながら,ブログで生産プロセスが逐一公開されていたら,印象はかなり変わるでしょう。

 惜しむらくは,アモイ日和の記事更新回数が,コーンレンジャー便りに比べて少ないことです。また,ブログ紹介にあったような,アモイの日々の暮らし,特に食生活や野菜レシピについても知りたいところです。そんな日常的な話も組み合わせながら,せめて週に1~2回は情報発信していただければ,ブログを見る楽しみもきっと増えるでしょう。


公式サイトの成功に満足せず,身近で気軽なコミュニティブログ活用へ

 味の素公式サイトの看板コンテンツは「レシピ大百科」でしょう。

 なんと10000種類の料理レシピから,材料,和洋中,おかずの種類,調理法などで簡単検索することができるのです。また,今日のレシピ,お弁当など検索も面倒な人向けのコンテンツも用意されて,毎日更新されています。

 おそらく,その圧倒的なボリューム・更新頻度や,ユーザーからの自発的リンク数などが効いているのでしょう。「レシピ」というキーワードでGoogle検索すると1940万件中1位,「料理レシピ」ですと219万件中3位という大変立派な結果になりました(2006年7月6日現在)。しかもサイト名には,しっかり「【味の素KK】レシピ大百科/料理レシピ」と表示されます。企業のイメージ戦略や集客にどれだけ貢献しているか想像に難くないでしょう。

 豊富なレシピに惹かれて,このサイトを訪れ,お好みの料理レシピを見れば,その材料一覧には,さりげなく味の素製品がラインナップされています。そこをクリックすれば,商品ページへと飛ぶわけです。

 普通なら,宣伝広報担当者・ネットコミュニケーション担当者は,こうした圧倒的なWebサイトの力と検索結果に大いに満足して,わざわざブログなど始めないでしょう。

 ところが,このレシピ大百科の内容を補強しつつ,さらに検索エンジン対策にも完璧を期するために,「マヤヤのお料理ABC」でブログに挑戦したのは,担当者の慧眼によるところが大きいでしょう。

 文字通り「レシピ大百科」は完成された百科事典。プロが作った,そしてちょっと企業広告テイストが入った一方通行の情報です。それは実用重視の目的遂行型サイトであるがゆえに,便利な反面,親しみが湧きづらい,楽しく読めないという弱点もあるのです。

 ところが,「マヤヤのお料理ABC」ブログは,料理初心者マヤヤを中心とした身近なおしゃべりで和めます。誰もが経験していそうな失敗談が書いてあったり,この時期,スーパーで見かけるもの,冷蔵庫に余っていそうなものを使ったちょっとした料理が書いてあるのが嬉しいのです。

 なにしろ,グルメはグルメ,お手軽料理はお手軽料理,お惣菜チンはお惣菜チンで,いずれも重要なのが現代の女性ニーズ。以前,ソフト経済センターの審査員でナマクラ流ズボラ派主婦の奥薗寿子さんとご一緒したことがあります。奥園さんの本が売れるのも,きっと,ラク!うま!超特急おかずへのニーズが高いからでしょう。

 ブログだから,コメントやトラックバックをつけて輪が広がるのも特長です。肉じゃがは牛肉か豚肉かなどという議論もついつい参加したくなります。そして,コメントやトラックバックをたどってみますと,独自のレシピを公開するブログも多く,見ていて楽しいものです。

 こうしたブログコミュニティの広がりはスキの無い?「レシピ大百科」では難しいかもしれません。またここに集まるレシピブロガーは,きっと味の素のブログやレシピ大百科にも自発的にリンクを張っていくでしょうから,恒常的な検索エンジン対策にもつながるはずです。


川上から川下まで情報発信の輪をブログコミュニティーで

 味の素のブログ戦略を見ておりますと,まさに公式サイトとレシピ大百科というキラーコンテンツを中心として,川上にも川下にも情報発信の輪が広がっていることがわかります。

 何年か後には,全生産拠点,全商品,全ターゲットユーザーのブログが,それぞれに重なり合う輪となって展開されているかもしれません。さまざまなコミュニティを巻き込んで,公式ブログ・個人ブログも合わせたブログ群は銀河の如くになり,企業の境界は一見すれば曖昧になるでしょう。しかし,逆に,企業への求心力が高まり,ブランドロイヤリティーが強固になるでしょう。

 企業内のブログはオーケストラのようになり,その外側にはサプライヤー,サポーター,リピーターも一緒にブログを奏でる銀河のような広がりができる。そんな理想的なブログ共同体が生まれる日を,今から楽しみにしているのです。