ちょうど株主総会のシーズン。それで思い出した。何かと言うと、野村総合研究所(NRI)の“決算の謎”である。NRIの決算短信などを見てもらうと分かるが、ここ数年、同社の通期決算は第3四半期までの決算に比べて、営業利益率が必ず良くなっている。不思議なことだなあと思っていたのだが、少し前に、その謎解きをしてもらったことがあった。

 第4四半期に、いつも利益率の高い優良案件の売上を計上できているから----と説明できれば簡単だが、そうは都合良くはいかないし、NRIは会計処理に進行基準を採用しているので、そもそも論として、そのようなことはあり得ない。進行基準は、検収書をもらってから売上計上するというITサービス業界でお馴染みの会計処理(完成基準)とは異なり、システム開発の進捗状況に合わせて売上を“分散計上”するやり方だ。

 実は、この進行基準という会計処理方法に、通期の利益率を跳ね上げるメカニズムが組み込まれているのだ。進行基準では、開発の進捗状況をコストで測る。投入した人月コストに対応する売上を計上する形だ。お気づきだと思うが、このやり方は一つ問題がある。プロジェクトに遅れなどの問題が生じ、大量の人員を投入した場合、そのコスト分に見合う売上を計上してしまうと、おかしなことになる。

 こうした場合、進行基準ではその場で“損切り”しなければならない。コストの増加が、作業の進捗が予定より進んだためなのか、なんらかのトラブルによるものかを判定し、トラブルなら当然、コストに見合った売上は計上できない。場合によっては赤字になる。つまり“悪い話”は、ほぼ発生時点で会計的に認識し、四半期決算などに反映される。そんなわけだから、進行基準は完成基準と異なり、プロジェクトに対して会計面から強力な統制が働くことになる。

 一方、プロジェクトなどがうまくいった場合は、どうなるか。当然、投入したコストに対して粛々と売上が計上されていく。ところで、システム開発などの料金には、以前ほどは確保できないとはいえ、リスク分を上乗せした“のりしろ”がある。幸いにして、のりしろを使わずに済めば、こののりしろ分はプロジェクトの完了時に計上される。“悪い話”と異なり、“良い話”は最後に明らかになるわけだ。

 こうした進行基準の特性に則して、NRIの決算に読んでみれば、冒頭の謎はすぐに解ける。最近は決算期をまたぐプロジェクトは少なくなっているから、先ほどの“悪い話”は第1四半期から第3四半期に、そして“良い話”は第4四半期に発生する。だから、通期決算で四半期決算などより利益率が良くなるわけだ。

 さて、この進行基準だが、かつて赤字プロジェクト撲滅のための強力なツールとして注目を集めたことがあった。大失敗プロジェクトを多数抱え込み、火の海となった富士通が、改革の一環として採用に踏み切る発表を行ったときのことだ。しかし、それ以降、進行基準の採用に踏み切ったというITサービス会社の話は聞かない。

 進行基準を採用するためには、顧客との厳格な契約、厳密な予実管理などが必要になるため、その手間を嫌うITサービス会社は多い。企業会計基準委員会が3月30日に公表した『ソフトウェア取引の収益の会計処理に関する業務上の取り扱い』でも、ITサービス会社に進行基準の採用を求めるのは現時点では無理と結論付けた。しかし、これからITサービス会社も内部統制システムの整備が必要になる時代。もう一度、進行基準の採用を検討してみるべきでは、とNRIの決算書を眺めながら思った。