前回は、影響力の技術として、「返報性」を利用する方法とミッションを利用する方法があると説明しました。そこで、今回は「返報性」を利用した影響力拡大の具体例について紹介したいと思います。

強引に営業関係のシステム投資を迫る営業部門

 西島(仮名)は金融機関A社の情報システム部に勤務し、10年以上システム設計やプロジェクトマネジメントを行っていました。

 近年、情報システム部が存在しない企業が多くなっていますが、金融機関のように古くからコンピュータシステムを利用している企業では、今も情報システム部とそのシステム子会社が基幹システム(汎用機)の開発と保守を担当していることが多く、A社もそのようになっていました。

 一般に、金融機関に総合職員として入社した社員は、システムエンジニアやプロジェクトマネージャを経てシステム企画担当として、社内のシステム化案件の実施可否(システム化する意味があるのかの判断)と実施結果の投資効果トレース(実際に予想した効果が実現できているかの振り返り)を行うようになります。A社の西島もそういうキャリアパスを歩んでいました。

 A社では、昔から販売部門の力が強く、いつも強引に営業関係のシステム投資を迫り、力ずくで実施する風潮がありました。A社の歴代の社長、役員の多くは営業部門出身で、会社の主要な部門は営業出身の人材で占められていたのです。

 営業部門は、いつも強引にA社の情報システム部門に、システム化を迫りました。時間に余裕をもって依頼してくればよいのですが、いつも急に難しいシステム投資案件を急に頼んでくるので、システム部門は大変でした。断ると社長に言ってシステム部はしぶしぶやらざるを得ない状況になっていました。

 しかし、急な依頼で短期間でシステム化作業をすれば、システムトラブルも起ります。その都度、営業部門はシステム部門を徹底的に責めるので、システム部門は不満ばかりでした。

 こんなことが何十年も続いていたので、A社の営業部門とシステム部門の関係は冷え切っていました。とくに、A社の営業部門は東京、システム部門は名古屋にあり、距離が離れてフェイスツーフェイスのコミュニケーションが難しいことも原因のひとつでした。営業部門の人たちは、システム部門の人の顔を知らず、システム部門の人たちも営業部門の人たちの顔を知りませんでした。このような状況だったので、いつも両部門の関係は悪かったのです。

 西島は、このような状況を問題だと考えていました。そして、彼は上司であるシステム課長の富山に、「システム部門の窓口として東京に行きたい」と転勤希望を出しました。

 しかし、富山は「君がいっても意味がないから止めたほうがよい。何の権限もない、管理職で部下もいない君一人が東京にいって窓口になっても何も変わらない」といい、異動希望にOKを出しませんでした。

 しかし、西島は富山を根気強く説得しました。そして、富山は、「そんなに行きたいなら行かせよう」と考えました。しかし、富山は、西島が営業部門の窓口として上手く機能するとは到底思えませんでした。

 富山の考えは、西島には、東京でITに関する最新技術の情報収集をさせ、営業部門が考える投資案件の情報をできるだけ早く収集できればよいくらいに思っていました。ちょうど、東京で金融機関の情報システム部数社が参加する勉強会があったので、これを担当をさせるついでに、営業窓口の仕事をさせようと軽く思った程度だったのです。それほど、西島には期待していませんでした。

 しかし、西島が東京に異動してから2年後には、営業部門と西島の関係は驚くべきものになっていました。営業部門の管理職は、すべて西島と仲良くなっており、西島の意見を聞いてシステム投資をするように変わっていたのです。

 富山は、この状況をまったく予想していませんでした。西島は2年間で大きな影響力を得て、人を動かす力を身につけていたのです。

 もはや、営業部門は、無理な依頼を急に出してくることはなくなりました。西島に相談し、適切なタイミングで西島と調整してだしてくるからです。富山は、非常に楽になりました。何十年も苦しんでいた案件調整を西島が上手くやってくれるからでした。

では、西島はどうやってこの関係を構築したのか。次回は、これを考えることにしましょう。

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