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 「3Dプリンタって何だろう?」JR横須賀線を東戸塚駅で下車し、なだらかな坂道をてくてく登りながら、私とS記者は、あれこれと想像をめぐらせていた。NC工作機械のように立体を削り出すのだろうか。それとも、立体の展開図を印刷して、それを組み立てるのか。もしかすると、3Dに見えるホログラムを印刷できるのかもしれない。こりゃ楽しみだ!

触ってみなけりゃわからない

 ワクワク感が頂点に達したところで、グラフテック株式会社に到着。凝ったデザインのおしゃれな社屋は、いかにも3Dプリンタを作っている会社という感じだ。商品企画課の水谷哲哉さんと、開発グループの林 憲介さんが、実機を使ったデモを交えて、3Dプリンタ(製品名:3D Printer XD700)の用途や仕組みを説明してくれた。

水谷:当社は、スキャナ、プロッタ、および計測機器を主力商品としています。3Dプリンタは、一般に立体造形機と呼ばれる装置の一種ですが、机の上に置けるぐらいコンパクトなサイズであることが特徴です。通常の100V電源で動作します。USBインターフェイスでパソコンに接続し、プリンタ感覚で気軽に使っていただけます。

 なるほど、立体を作れるプリンタというわけですね。主なターゲットユーザーは、製造業の設計部門とのこと。新製品の企画や設計において、試作モデルを作るために使われる。従来なら、設計が終わってから試作モデルを作っていたが、3Dプリンタを使えば、試作モデルを吟味しながら企画や設計ができる。

水谷:直接手で触れる製品の場合、平面図ではイメージがつかめません。特に、角のR(アール、丸み)の度合いは、試作モデルでないとわかならいでしょう。

 そう言って水谷さんは、3Dプリンタで作った小さなケースの試作モデルを見せてくれた。触ってみると、角の丸みが心地よい。これで、何Rぐらいだろう。3Rぐらいかな(3Rは半径3mmの丸みを意味する)。それとも1Rぐらいかな。確かに、平面図に5Rや3Rと書かれていても、どっちがいいか判断できるものではない。さらに、片手で持つ計測器の試作モデルを2パターン見せてもらった。同じ形なのだが、一方には指先が触れる部分に溝があり、もう一方には溝が無い。実際に握ってみると、わずかな溝があるだけで、とても持ちやすいことがわかる。試作モデルを作る重要性をしみじみ感じさせられた。

水谷:3Dプリンタは、家電、ゲーム機、オモチャなどのメーカーに導入されています。ただし、何を作るために使っているのかは、教えていただけません。トップシークレットである新製品の情報を、外部にもらすわけにはいかないからでしょう。ちょっと残念なのは、欧米に比べて、日本国内では、まだまだ立体造形機の普及台数が少ないことです。きっと、日本人は、頭がいいからだと思います。平面図を見ただけで、頭の中に3Dをイメージできるのです。

 いやいや、そんなことないでしょう。平面図だけで企画会議が通ったのに、後になって製品の形状が見えてきたら「こんなはずじゃなかった」と大騒ぎするのが、日本人の悪いところだと思います。コンピュータシステムの開発だって、プロトタイプにお金を使うのを嫌がる人が多いのですから。

3Dプリンタの仕組み

 立体造形機を使って短時間に試作モデルを作ることを「ラピッドプロトタイピング(rapid prototyping)」と呼ぶそうだ。ラピッド・プロトタイピングの設備は、従来なら自動販売機ぐらいの大きさがあり、価格も5,000万円程度と高価だった。それをオフィスで使えるように小型で安価にしたものが3Dプリンタだ。サイズは460×755×420mm、重さ35.5Kgで、やや大きめのレーザープリンタぐらいだ。本体価格は、造形ソフトSD View付きで298万円なり。趣味では買えそうもないけど、企業や造形を職業としている人には手ごろな値段だろう。

林:立体造形機は、NC工作機械のような加工機とは違います。NC工作機械は、母材から削り出して形を作りますが、立体造形機は、材料を重ねることで形を作るのです。加工機は、いわば引き算をしますが、造型機は、足し算をします。当社の3Dプリンタは、PVCフィルム(樹脂のフィルム)を何層にも重ねる足し算を行います。

 造形物のデータには、CADやCGソフトで一般的なSTLファイルを使います。このファイルの形式は、立体を複数の三角形の集合として表したものであり、とてもシンプルです。シンプルだからこそ、数多くのソフトが対応しています。3Dプリンタに附属の造形ソフトにSTLファイルを読み込んで、配置とカットライン(余剰物を取り除くための切れ目)を設定し、[OK]ボタンを押せば造形がスタートします。造形可能なサイズは、最大で210×160×135mmです。

 それでは、実際にデモをお願いします。立体的なHello Worldを作ってください。林さんが準備してくれたHello WorldのSTLファイルを読み込んで、印刷じゃなくて造形スタート。おおっ! 3Dプリンタ上部のガラス窓から、内部の動きがよく見える。ロールに巻かれたPVCフィルムが1層分だけ出てきた。一番下の層は土台なので、このまま何もしない。2層目からのPVCフィルムには、接着剤が塗布されている。カッターが、1層分のHello Worldの形に切れ目を入れる。引き続き、剥離剤を塗るペンがHello Worldの外形をなぞる。以下、PVCフィルムが出る、カッターで切る、剥離剤が塗られるの繰り返しで、徐々に立体が作り上げられる。最後の1枚は、剥離剤なしでカットして終了だ。カッターとペンの動き、そして「キューイーン、キューイーン」という動作音は、プロッターによく似ている。加工機じゃなくて、やっぱりプリンタなんだなぁ。

 PVCフィルムの厚みは0.15mmで、接着剤が付いた1層の厚みは0.168mmになる。造形ソフトの画面には、造形に要する予測時間が表示される。36層のHello Worldを作る予測時間は45分だ。大きなものになると、造形に4~8時間ぐらいかかるそうだ。終業時に造形をスタートして、次の朝出社した時に完成しているという使い方がいいだろう。

上手に皮がむけるところにノウハウがある

 日本には、立体造形機が普及してないとのことだったが、樹脂を使ったラピッドプロトタイピングの基礎技術を発明したのは、そもそも日本人だった。1980年に、当時名古屋市工業研究所に勤務していた小玉秀雄氏が、新聞の版下作成機(紫外線を当てて樹脂を固めたものを版下にする)を見てひらめいたそうだ。

 立体造形機の仕組みには、その他にも、粉末を接着剤で固めるもの、桶の中で溶融物を堆積させて行くものなどがある。PVCフィルムを重ねて行く方式(フィルムカッティング積層方式)は、グラフテック社のオリジナルであり、世界初とのことだ。今後、どのように3Dプリンタを発展させて行く計画なのだろう。自動車や飛行機の部品のように、もっと大きな造形物を作れるようにするのかな?

水谷:3Dプリンタは、オフィスに置いて気軽に使えるプリンタです。今以上に大きくする計画はありません。それより、もっと細かく精密なものを作れるようにして、さらに価格を下げる努力をして行きたいと思っています。

 納得です! やっぱりプリンタというものは、手軽に使えて安くなくっちゃいけませんね。最後に、開発を担当された林さんに、3Dプリンタへの思いを語っていただきましょう。

林:3Dプリンタには、様々な工夫が凝らしてあります。その中でも、特に苦労したのが、余剰物のピーリングです。ピーリングとは、造形が完了した後で、剥離剤が付いていない部分を手作業ではがす作業です。接着剤と剥離剤の種類、温度、切れ目の入れ方など、指向錯誤を差兼ねて最適な方法を見つけました。今は、ようやく自分の手を離れて、3Dプリンタを世に出せるようになったという気分です。

 これまで試作モデルを作った経験がない人に、ぜひ3Dプリンタを使ってほしいと思います。かなり固いものができるので、歯車のような駆動部品の試作モデルも作れます。PVCフィルムは透明なので、内部の機構を見せることができます。必要なら色を塗ることもできます。試作モデルによって、新しいアイディアが生まれるだけでなく、後工程のミスも減るはずです。

 私とS記者は、林さんが手渡してくれたHello Worldの造形物で、余剰物のピーリングをやってみた。ピリピリと音を立てて、何かの皮をむいているみたいだ。徐々にHello Worldの形状が姿を現してくる。なかなか楽しい作業だ。実際に試作モデルを作っている設計者も、この瞬間が一番ワクワクすることだろう。余剰物の部分には、層ごとに交互に接着剤が残るようになっているので、きれいに皮がつながってむけて行く。このあたりのノウハウが素晴らしい。今日は、とっても面白いものを見せていただきました。ありがとうございました!