日本を発つ前に,ビジコンの小嶋社長は渡米する技術者を一流のフランス料理店や中華料理店などに連れて行き,本物の料理と正式な食べ方を教えてくれた。正式な日本料理,中華料理,フランス料理を経験したことがなかったので大いに助かった。世の中には,こんなにおいしい料理があったのかと驚くと同時に,初めての料理に抵抗感がなくなり,自分の経験だけで料理の味を判断しては駄目だと気づいた。開発であれ,芸術であれ,料理であれ,本物とは何かを会得することが真の開発技術者になる近道だ。

 アメリカでの仕事や生活に慣れてくると,最初に夢中になったのが食事である。かみ応えのある分厚いステーキの味を覚え,Tボーン・ステーキとプライムリブとスペアリブが大好きな肉料理となった。よく行ったステーキ・ハウスはマウンテンビュー(Mountain View)市のエル・カミノ・リアル(El Camino Real)にあったボナンザという店だった。確か2ドル50セントぐらいで,歯ごたえのある,日本人にとってはかなり大きなステーキが食べられた。帰国するころには1ポンドのステーキを食べられるようになった。

 エル・カミノ・リアルとは「王様の道」という意味である。昔スペイン人がカリフォルニアに進出したときに教会を各所に建てながら作った道で,メキシコ・シティからサンフランシスコまで続いている。休日の楽しみの一つは,これらの古いスペイン風教会を見学することだった。例えば,俳優のクリント・イーストウッドが市長を務めたカーメル(Carmel)には,1770年にスペインの伝道師によって建てられたカーメル・ミッション教会がある。建物の外観も,内部も,花が咲き乱れる中庭も素晴らしいスペイン風教会だ。

 エル・カミノ・リアル沿いにある古物を扱う店を見て回るのも楽しみであった。特に樫の木で作った硬く重量感のある家具が好きになり,後年,いろいろと買い集めて居間や食堂,寝室で使っている。ただし,重すぎてレイアウト変更が大変なのが難点だ。一度気に入ると,夢中になって買い集めてしまう癖が付いてしまった。

 食事に話を戻すと,マウンテンビュー市のカストロ・ストリート(Castro Street)にある中華料理屋にもよく足を運んだ。だんだん慣れてくると,食べたい料理を作ってもらえるようになった。中華料理店にはカレー粉があるからカレーライスを作ってもらったり,ヌードル・スープがあるから日本のしょうゆを使って日本味のラーメンを作ってもらったりした。鴨を食べたくなると,中国人を連れて行って,鴨一羽を使ったフルコースを作ってもらったりした。そのおかげで,日本食への執着は全くなかった。

 お金がなくなりそうになると,3ドルで食べ放題の中華レストランやバイキング・レストランに出掛けた。困ったことに,渡米当時には一皿のチャウファン(幅2センチ,長さセンチくらいの平麺を使った炒めもの)の半分も食べられなかったのが,3カ月もすると全部食べられるようになり,最後には物足りなくなった。

 鴨も好きな肉である。Intelがデザイン・センターをパリに設立したときに,イスラエルのデザイン・センターを見学した後でパリを訪れた。このときは,フランス人に案内してもらってオレンジ・ソースのかかった鴨ステーキを堪能した。

 後年,一人でシリコンバレーに出張したときに大好物の北京ダックが食べたくなった。サンノゼのフェアモント・ホテルにおいしい中華料理店があったので,北京ダックを注文すると,一人では駄目だと言う。思わず負けず嫌いの虫が起きてしまった。その日はバーベーキュー・ダックとチャーハンを食べ,翌日にはティースモークド・ダックとチャウメンを食べた。帰り際に明日は北京ダックを食べたいと言うと,待っていますと答えてくれた。それからは嶋と予約を入れると北京ダックを用意して待っていてくれるようになった。