このコラムでは過去3回、「ピグマリオン効果」、「根負けさせる技術」、「感心させてYESと言わせる技術」という具合に、社会心理学を根底にしたヒューマンマネジメント論の具体的事例を説明しています。

 私は、社会心理学をマネジメントに応用してきましたが、その過程での悩みは「心理学で学ぶ基礎的な知識と実際の実務レベルで駆使すべき策」がなかなか一致しないということでした。心理学やマネジメント論を知識として学ぶ意欲をもった人間は多いのですが、その知識を駆使して上手くマネジメントしている人物に会うことはほとんどありませんでした。

 多くの人は、勉強は勉強、実務は実務と割り切っているように思えます。しかし、私は学問は実務を効率的に行うために存在しているということを正しく理解しています。このため、学問を実務に応用するための方法論を体系化してきたわけです。

 前置きが長くなりましたが、今回も心理学を応用したマネジメントテクニックです。「行動の一貫性」を使ったマネジメント技術を紹介します。

人をマネジメントする第一歩は「約束させる」こと

 たとえば、大人数で仕事をしていく場合、全体スケジュールをつくり、個々のタスクに締め切りを設定し、トレースしていくことが行われます。読者の方々には「あまりにも当たり前の話なので、いまさら言及する意味もない」という意見があると思います。しかし、非常に重要な話なので、お付き合いください。

 私が、あるネット系販売ベンチャー企業Aの経営コンサルティング・・・具体的にはネットマーケティングに関するサポートをしていたときの話です。私の役割は、定期的にA社に赴き、A社の営業品目や人的資産、その他リソース(つかえる人脈、社脈、システム資源、ブランド、その他潜在的にもっている無形アセット(ノウハウなど))を調べ、経営・営業戦略を考え、具体的マーケティングに落としていくことでした。これを私は、A社の若い社員数人に教えながら進めていくことにしていました。

 この仕事を私は、上司の井上と一緒に行っていました。当時、私は、システム企画の他に、経営やマーケティングの仕事も始めていたものの、まだ未熟で、不慣れでした。経験不足の癖に、クライアントのA社の社員を引っ張る仕事を井上に命じられたので経験がないのに重荷だな」というのが、私の率直な感想でした。そして、それは現実のものになりました・・・上手く仕事を進めることができず進捗が遅れたのです。

 実は、私はこのときまで、先輩がクライアントと調整した内容を資料にしたことはあったのですが、自分でクライアントと経営戦略やマーケティングの実務を考えたことはありませんでした。そのため、私はA社を上手くリードできずにいたのです。

 進捗遅れが無視できないレベルになったころ、それまで特に何も言わなかった上司の井上がA社との会議に参加することになりました。私は「嫌な気分」でした。私の仕事の進め方をチェックするためだからです。でも、仕事が上手く進めないので拒否はできません。でも、自分では正しく進めているつもりでした。どちらかというと、自分よりA社の担当者が約束を守らず、いつも仕事を遅らせる原因を作っていると思っていたからです。これを、井上に見てもらうよい機会と思うことにしようと、私は自分を納得させたのでした。

 私と井上はA社との会議に参加し、私はいつもの通りに会議を進めていきました。会議中は特に口を挟まなかった井上でしたが、会議が終了し、我々の事務所に戻った後で、私は別室に呼ばれたのです。

 私は井上が「A社に問題があるな」と言ってくれると思っていたのですが、井上の話は、私の意図しないものでした。

井上:芦屋、どうして進捗が遅れているのかよく分かったよ。お前、A社の担当者や上司に「経営戦略とは何か、それを検討するとはどういうことか、それが遅れたらどういうことになるか」を説明していないだろう。それと向こうに「何時までに決める」と宣言させていないだろう?だから遅れるんだよ。問題は「動機付けができていない」こととと「タスク完了をコミットさせていない」ことなんだ。分かるか?
芦屋:いえ、よくわかりません・・・
井上:お前は経営、特にアライアンスなどの具体策を検討するプロだ。でも、机上には強いが、推進・・・人を巻き込んで傷だらけになって進めていく力はまだ弱いな・・・
芦屋:そんなことないと思います。A社には、説明していますし、締め切りも伝えていますよ!
井上:芦屋、お前はこういう検討の手順をよく理解しているが、A社は会社自体が若く経験がない。今回がはじめての苦境なんだよ。これまでコンサルに指導してもらったことなんかないんだ。さらに、担当者も若いし、経験が弱い。何も分かっていないんだよ。だから、今やっているタスクの重要性がわからないんだ。だから本気で要望をまとめようとしない。タスクを進めたいなら、まず、このタスクが重要で、真剣に進める必要があることを動機付けしなくてはならないんだ。
芦屋:・・・そういうことなんですか。「タスク完了をコミットさせていない」という意味も教えてほしいのですが。
井上:十分な動機付けを行ったら、完了を約束させなくてはならないんだ。人間はさまざまなことを並行して作業している。強い動機付けを行っても次第に忘れていく。だから、必ず実施するように工夫すべきなんだ。特に彼らは忙しい。今日明日のことをどうしても優先してしまうんだよ。そんな人間心理をよく理解した上で引っ張らなくてはならないと思う。
芦屋:具体的にはどうすればよいのでしょうか?
井上:行動の一貫性を利用するんだ。人間は、自分で宣言したことや紙に書いたことを自分で反故することに抵抗がある。このような特徴を心理学では「行動の一貫性」と呼ぶ。つまり、いつまでに実施すると会議で宣言してもらったり、紙に書いて残しておくことが有効なんだよ。

 私は、井上の説明に非常に納得しました。それ以来、私は井上の言ったことを実務上に取り入れるようになったのです。どんなときでも、宣言させたり、紙に書かせることは有効でした。たとえ、締め切りが遅れても「何月に自分で言ったよね」、「議事録に書いてあるよね」といえば、相手は真っ赤になることが多く、それ以上遅れることは少なくなりました。

 当然、これでも遅れる人はいます。でも、そんなときは、別の理由で遅れていることが多く、行動の一貫性を超えた原因分析・対処をすることが大半でした。非常に簡単な行為なのですが、これを続けるうちに私は、あることに気づき、それを自分のマネジメント手法に取り入れたのです。それをご紹介しましょう。

動気付けとコミットの重要性

 それは、マネジメントにおける「動機付けとコミットの重要性」についてです。マネジメントを行う場合、作業(タスク)を遂行するためには、動機付けとコミット(約束)のコントロールが必要です。

 これを説明する前に、まず、「どうしてタスクは遅れるのか」について考えてみたいと思います。タスクが遅れる原因にはさまざまな要因があるのですが、私はこれを(1)「動機付けのレベル」と(2)「作業の理解度」の関係から説明しています。

(1)タスクの動機付けが強い
 この場合は、タスク理解度が低くても本人が努力をするので回りの協力を得ながらタスクは進んでいくため問題ないと言えます。

(2)タスクの動機付けが「弱い」または「ない」
 問題なのは、この状態です。タスクの理解がある、ないに関わらず動機が弱ければ作業遂行力は低いままとなるのです。このような状態の仕事は不安定であり、失敗する可能性が高くなるのです。

 仕事を成功させたいなら、「弱い」動機付けを「強く」するような工夫をすることが必要です。つまり、動機のポジションを変化させる具体的アクションを考え、行うべきなのです。

 「仕事の重要性を認識させること」と「宣言させること」による「行動のコミット」・・・これが、ヒューマンマネジメントの基本なのです。

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