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 今年のゴールデンウィークは大規模案件の提案書作成に追われ,2日しか休めなかった。その1日,小平市花小金井のNTT社宅を10数年ぶりに訪ねた。ここは83年春から5年間,新婚時代を過ごしたところだ。広い敷地のゆったりした芝生の庭と桜の木々の間に,20棟ほどの建物がある。小金井カントリークラブが金網のフェンス1枚を隔てて隣接しており,その森からは初夏になるとカッコウの鳴き声が聞こえた。この社宅をNTTが売却し,夏には住人がいなくなるという。

 さて,今回のテーマは社宅とはまったく関係がない。久しぶりに営業にまつわることを書こうと思う。筆者は営業マンであり,受注するとプロジェクト・マネージャになり,運用フェーズに入ると運用の責任者になる。ビジネスユニット長という,あまり一般的でない肩書きになっているが,要は何でもやるのだ。

キーマンを探せ

 毎年,2~3月は新規顧客開拓に注力すると決めている。2月のNET&COMでの講演と,自社で企画するお客様向けセミナーで,新しいアイデアを打ち出す。そのフォローでセミナーに参加していただいた企業を個別に訪問する。今年は約30社を自ら訪問した。単なる売り込みではない。企業訪問は筆者にとって大事な勉強の場だ。ユーザーの方と会話する中で意外な事実を知ったり,新しいアイデアがわくことが多い。

 例えば大手企業におけるSkypeの利用。ほとんどの大企業ではSkypeは禁止されている。しかし,今回訪問した中の一社で,約6000人の社員がいる大手メーカーはSkypeを自由に使わせていた。パソコンの資産管理ソフトを導入しているため,誰がSkypeをインストールしているかは把握できる。6000人中,何人がSkypeを使っているか質問した。海外にも多くの事業所があるため,かなり使われているのではないかと思ったが,答えは意外なものだった。わずか50名程度だという。1%にも満たないのだ。

 本題に入る。新規に受注するには,キーマンが誰かをできるだけ早い時期に見極めることが大切だ。新しいネットワークの提案を採用するか否かを決めるうえで,誰が一番影響力を持っているかということだ。キーマンは役職が上位の人とは限らない。日本の企業はボトムアップで物事を決めることが多い。現場で技術的,経済的な評価を行い,提案の採否を決める。その際,誰がリーダーシップを取っているかということだ。通常,課長クラスか,係長クラスの方であることが多い。実際の決裁をするのは部長や役員かも知れないが,そのクラスは言わば「第二のキーマン」であり,本当のキーマンではない。

 3月某日,都内の大手メーカーを訪問した。初めて訪問する企業だ。セミナーに参加いただいたシステム部長とネットワークに関連する仕事をしている課長2名,担当者2名の5人が出てこられた。この中で誰がキーマンだろうか。部長以外はセミナーを聴いていないため,その内容を簡単に説明した後でディスカッションさせていただくことにした。

 質問の口火を切ったのはA課長だった。当たり障りのない大きな質問だ。その後はB課長から,次々と質問が繰り出された。こちらの説明内容に対して,欠点がないか追求するような質問の仕方だ。質問の間に意見も入る。「うちはこんなやり方をしており,そのメリットは・・・」といった感じだ。この会社のネットワークに関するキーマンは間違いなくB課長だとわかる。

キーマンのこころをつかめ

 受注は出会った瞬間に決まる,と筆者は思っている。最初にキーマンに認めてもらえるか否かがポイントになる。これまでで筆者が最速で受注したのは,初回訪問の1週間後に有償コンサルティングを受注したケースだ。このお客様からはその半年後に10億円を超えるネットワーク構築を発注いただいた。キーマンは係長だった。

 キーマンに認めてもらうには第一印象といった感覚的なものも含めて,いろいろな要素がある。しかし,一番大切なのはキーマンに「こんなアイデアは初めてだ」とか,「これは安い」などと,「高い関心」を持ってもらえる訴求点があることだ。これがないと話は始まらない。

 次に重要なのは売り込んでいる自分自身がキーマンに信用されることだ。そのためには質問に的確に答えられるだけでなく,訴求点を裏付ける話ができなければならない。例えば自身が構築したネットワークの事例で例証するのは最もわかりやすい裏付けだ。

 そして第三のポイントは採用してほしいという気持ちが前面に現れていることだ。ひょっとしたら,これが一番重要かも知れない。「売れなきゃ売れないでいいや」とか,「関心がないなら次へ行こう」などと思っていると,その消極的な気持ちはすぐ相手に伝わる。逆に積極的な姿勢の営業マンは,その懸命さに好感が持たれるものだ。 

 初回訪問から受注に至るまでは,大きく三つのフェーズがある。アプローチ,プランニング,クロージングだ。初回訪問から提案書を出す前までがアプローチ。提案書を何度か修正しつつ折衝を進めるのがプランニング。最後の詰めをして受注を獲得するのがクロージングだ。ただし,アプローチ段階やプランニング段階の1回,1回の折衝にもクロージングは必要だ。受注を獲得するためには,受注できるまで折衝を積み重ねられなければならない。折衝を次の折衝に「つなぐ」ことが重要なのだ。

 そのためにはキーマンから宿題を貰うのがよい。一番いいのは,「このアイデアをうちに提案してください」とか,「この点について,もっと詳しく教えてください」といった宿題をお客様から貰えることだ。先方から貰えなかったらどうするか? 自分で作るのだ。「この仕組みを御社で適用したら,どんなイメージでどの程度の効果があるか試算させてください」といった感じで持ちかけ,それに必要なデータを貰ったり,ヒアリングのお願いをする。宿題が出来れば折衝は次につながり,クロージング成功となる。

ホットラインを持て

 さて,先の初回訪問企業では,キーマンであるB課長から二つの宿題をいただけた。質問が出たのだ。これで次回の折衝ができる。帰り際,課長のそばに歩み寄り,「直接お聞きしたいことも出てくると思いますので,ケータイの番号を教えてくれませんか?」と言うと,名刺に番号を書いて渡してくれた。初回訪問としては大成功だ。

 筆者はお客様である企業のキーマンはほぼ全員,そのケータイ番号を自分のケータイに登録している。これを「ホットライン」と呼んでいる。ホットラインを持つことで,キーマンとより親密になれるだけでなく,クロージング段階ではそれが大きな威力を発揮する。クロージング段階ではほとんどの場合,競合他社が現れる。顧客がこちらの提案と比較して見積もりの妥当性を検証したり,できることの違いを確認するためだ。

 競合他社が動き始めるだけでなく,顧客企業の中も賛成派,反対派に分かれたり,役員が業者選定に取引関係(バーター)を持ち出したり,と様々な動きが出てくる。競合他社や顧客社内の状況がクロージング段階では日々変化する。その変化に的確に反応しないと受注は獲得できない。変化をキャッチする最も優れた手段がキーマンとのホットラインだ。ただし,ホットラインが有効なのはキーマンに信頼され,味方になってもらっていることが前提なのは言うまでもない。

NTT花小金井社宅

 NTT花小金井社宅は一つの村,コミュニティだった。数百世帯が生活し,自治会の会長は小平市議会議員だった。自治会員が投票するので,確実に当選するのだ。古い自治会の集会所にはお神輿があり,毎年子供たちのために夏祭りをした。子供たちが神輿を引いて広い社宅の敷地を回るのだ。夜には盆踊りをし,綿アメや風船つりの屋台を出した。

 子供のための公園も,らせん状のすべり台があるオレンジ公園,タイヤで作った遊具のあるブルー公園,さらに赤の公園と3カ所あった。これらの公園で長男をよく遊ばせたものだ。再訪した社宅はほぼ昔のままだった。しかし,ほとんどの世帯が引っ越したようで,カーテンのない部屋が目立った。公園に遊ぶ親子や子供はまったく見えず,シンと静まり返っていた。 

 筆者のようにこの社宅で思い出を作った人は数万人にのぼるだろう。その社宅が消えてしまう。時代の流れとはいえ残念なことだ。せめて写真でも残しておこう。このコラムを読む人の中に元花小金井住人の方がいたら,思い出のよすがにしてほしい。