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 ご存知の通り,この7年間に日本の携帯電話はめざましい進化を遂げた。ブラウザやメールをはじめとする様々な機能を搭載。「ケータイ」という別の製品ジャンルともいえるほどのヒット商品となり,一気に一般消費者の必需品となった。

 実はこのケータイが進化する速度は,コンピュータの歴史上初めてムーアの法則を破る事例であろうと思われる。それがいかに実現されたかを見てみよう。

 我々が,テレビやワープロ向けに開発した組み込み向けのブラウザ「NetFront」を,携帯電話などの小型機器への応用を検討し始めたのは1996年頃のことである。

ケータイのCPUとソフトウエアは7年で100倍に

 「NetFront」(当時 Ver.2)は1~2Mバイトで動作するように,かなりコンパクトに設計されていた。しかし携帯電話のハードウエア資源は,どうやらさらに厳しそうだ。消費電力の問題もある。そこで,さらに1けた小さなハードウエア環境でも動作するように,コンパクトにしたものを開発した。それが,「Compact NetFront」である。

 これをベースにNTT DoCoMo に提案したのが,1997年春。携帯電話向けコンテンツのためのHTML仕様「Compact HTML 」をW3Cに提案したのが,1998年2月。iモード対応の最初の携帯電話(F501i)が発売されたのが,1999年2月という時間経過である。

 この最初のモデルに搭載されたブラウザは,プログラムサイズは 200~300Kバイト,想定するCPUの処理速度は 1~2MIPSだった。この小さなサイズに,基本的なHTMLの処理,HTTP,GIFイメージ,メールの処理などを盛り込んである。

 ACCESSでは,それから毎年,新しい機能を追加して,ソフトウエアを進化させている。もともと,フルセットのインターネット機能を念頭においてコンパクト版を設計してあった。そのためJPEGへの対応や,SSLの対応,プラグインとしての機能追加など,Compact NetFrontは,ほとんど大きな改造をすることなく,長く使われることとなった。

 さらに,3Gへの移行段階で,NetFront Ver.3 に切り替えた。最近ではフルブラウザやSMIL,SVGなどの新しい機能も提供している。

 さて,ブラウザフォンが登場してから7年。現在,我々のソフトウエアは多岐に渡る。フルブラウザやPDF Reader,Document Viewer,JavaやHTMLメール,ワンセグ向けBMLブラウザなど,これらをすべて含めると,プログラムサイズは20~30Mバイト。想定するCPUの処理速度は100~200MIPSとなっている。この7年間で約100倍になった。100は大よそ2の7乗という計算で,平均すると1年で2倍というスピードでここまで進化したことになる。

 半導体の進化の指標であるムーアの法則では,半導体の集積度が1年半(18カ月)で2倍になるとされる。これと比較すると,ケータイが進化する速度は,ムーアの法則の1.5倍ということになる。

 しかし,ソフトウエアはハードウエアで実行するので,同じ価格のハードウエアで実行できるソフトウエアの機能の量は,通常ムーアの法則と連動して進化せざるを得ない。この論理からすると,日本のケータイの進化の速度はありえない話だ。

サービス指向ビジネス・モデルでハードの制約を超える

 これほどの進化を実現できた理由は,ユーザーが新しいサービスの価値を認めて料金を払い,毎年数1000万台というケータイの買い替え需要がハードウエアの大幅コストダウンを実現し,さらに携帯電話事業者がハードウエアの機能アップ分のコストアップを吸収するビジネスモデルを積極的に運用し,全体の好循環が続いてきたことにある。ハードウエアの制約ありき(ムーアの法則に縛られる)ではなく,サービス指向で製品を進化させてきたとも言える。

 ただし,そのために無理が生じている面もある。半導体の集積度は,18カ月で2倍という法則に従うならば7年間で約25倍にとどまるはずだ。現実には,この4倍の機能が搭載されている。CPUを2個,3個搭載したケータイが出現したり,といったことはその無理の表れだろう。また,海外では日本市場に比べ機能よりもコストが重視されるため,日本ほど速いペースでは進化していない。

 最近,LSIの進化が少し追いついてきて,アプリケーションを動作させるCPUと3Gのベースバンドのチップを1個にして,コストや実装面積,消費電力量などを削減しようという動きがある。一方で,日本のケータイの機能は,ワンセグテレビやおさいふ機能,今後IMSや家電連携などまだまだ増えつつあり,Linuxなどの本格的なマルチタスクOSも搭載して,さらに進化しそうだ。

 1年で2倍というケータイの進化のペースは,説明したように極めて例外的な事象だ。普通に考えれば,今後徐々にムーアに法則に落ち着いて行くと予想できるが,さて,本当にそうなるのか。興味深いところである。