前々回前回に説明したように、新しい会社法では大会社・委員会設置会社の経営陣に内部統制システムの体制決定を義務付けている。これらの会社では、2006年5月に入って最初の取締役会で構築の基本方針を決定する必要がある。今回は、なぜ決定義務が定められたのか、金融商品取引法案の内部統制との関係、について説明する。

会社法に内部統制システム決定義務が規定された理由

 なぜ会社法に内部統制システム決定義務について定めが置かれたのか。この問題は法律専門家にとっても分かりにくい。

 会社法の立法担当者によると、会社から経営を委ねられた経営陣が負うべき善管注意義務(善良なる管理者の注意義務)(会社法330条、民法644条)・忠実義務(会社法355条)がベースになっているものと説明されている。したがって、その内容を分析するためには、これに関連した過去の訴訟事件を振り返ることが有用となる。以下では、主要な訴訟事件を素材に解説してみたい。

神戸製鋼株主代表訴訟

 内部統制システム構築に関する取締役の義務が問題となった初期の事件として、神戸製鋼株主代表訴訟がある。この事件は、裏金捻出による総会屋への利益供与の事案だった。2002年4月5日に和解が成立して解決している。それに先立つ和解勧告の際、裁判所は次のような「訟訴訟の早期終結に向けての裁判所の所見」を明らかにした。

「大企業の場合、職務の分担が進んでいるため、他の取締役や従業員全員の動静を正確に把握することは事実上不可能であるから、取締役は、商法上固く禁じられている利益供与のごとき違法行為はもとより大会社における厳格な企業会計規制をないがしろにする裏金捻出行為等が社内で行われないよう内部統制システムを構築すべき法律上の義務がある」

 つまり、小さな会社なら、経営陣が直接、社内に目を配ることができ、それによって会社をコントロールすることができる。これに対し、大規模な会社(大企業)では、直接社内に目を配ることは困難となる。このため、その代わりに経営陣が内部統制システムの構築を決定することによって、適正に会社をコントロールする必要がある。

 「所見」が言わんとしている事柄を敷衍すると、以上のような意味となる。これが、大企業にとって内部統制システムの構築が必要とされる理由なのである。

大和銀行株主代表訴訟

 続いて、有名な大和銀行株主代表訴訟第一審判決も、内部統制システムという言葉を用いて、次のとおり説いている(大阪地裁平成12年9月20日判決・判例時報1721号3頁)。

「健全な会社経営を行うためには・・・・リスク管理が欠かせず、会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制(いわゆる内部統制システム)を整備することを要する。・・・・会社経営の根幹に係わるリスク管理体制の大綱については、取締役会で決定することを要」する。

 この事件は大和銀行ニューヨーク支店における巨額損失事件に端を発している。決定すべき者は「管理体制の大綱」である。リスク管理について述べているが、次のとおりコンプライアンス体制(法令遵守体制)についても判示している。

「取締役は、自ら法令を遵守するだけでは十分でなく、従業員が会社の業務を遂行する際に違法な行為に及ぶことを未然に防止し、会社全体として法令遵守経営を実現しなければならない。・・・・取締役は、従業員が職務を遂行する際違法な行為に及ぶことを未然に防止するための法令遵守体制を確立するべき義務があり、これもまた、取締役の善管注意義務及び忠実義務の内容をなすものと言うべきである。この意味において、事務リスクの管理体制の整備は、同時に法令遵守体制の整備を意味」する。

 以上のような考え方を前提に、会社法を受けて制定された会社法施行規則が定める内部統制の項目についても、前回述べたとおり、コンプライアンス体制とリスク管理体制の構築が、内部統制システムの中心となっている。コンプライアンス(法令遵守)違反の未然防止策もリスク管理の一環と捉えられないわけではない。しかし、リスクは多様だから、コンプライアンス違反よりも範囲が広い。

東京電力株主代表訴訟

 東京電力株主代表訴訟第一審の東京地裁平成11年3月4日判決(判例タイムズ1017号215頁)は、次のとおり「従業員に対する指導監督についての注意義務」を説いている。

「取締役が会社に対して負う・・・・善管注意義務又は忠実義務として、従業員の違法・不当な行為を発見し、あるいはこれを未然に防止することなど従業員に対する指導監督についての注意義務も含まれる」。

 前記大和銀行株主代表訴訟第一審判決でも、「従業員が職務を遂行する際違法な行為に及ぶことを未然に防止するための法令遵守体制を確立するべき義務」が述べられている。前回のコラムの〔表2〕を下に再掲した。これらの点は、この表における「(4) 使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制」に、ほぼ対応している。

表2

 さらに、東京電力株主代表訴訟第一審判決は、従業員に対する指導監督を怠ったといえるかどうかの判断基準について、次のとおり判示している。

「取締役が従業員の業務執行について負う指導監督義務の懈怠の有無については、当該会社の業務の形態、内容及び規模、従業員の数、従業員の職務執行に対する指導監督体制などの諸事情を総合して判断するのが相当であり、もとより権限委譲の有無や会社規模のみにより一義的に決しうるものでない。」

内部統制システムと各取締役の役割

 各取締役は、大和銀行株主代表訴訟第一審判決にいう「大綱」を踏まえ、さらに何をしなければならないのか。こうした役割という点について、同判決は次のとおり説いている。

「業務執行を担当する代表取締役及び業務担当取締役は、大綱を踏まえ、担当する部門におけるリスク管理体制を具体的に決定するべき職務を負う。」「この意味において、取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役又は業務担当取締役として、リスク管理体制を構築すべき義務を負い、さらに、代表取締役及び業務担当取締役がリスク管理体制を構築すべき義務を履行しているか否かを監視する義務を負うのであり、これもまた、取締役としての善管注意義務及び忠実義務の内容をなすものと言うべきである。」

 以上が内部統制システム構築の枠組みとなる。

会社法の内部統制システム構築義務規定の存在理由

 以上のように、大和銀行事件の法理によれば、善管注意義務などに基づき、大企業では内部統制システムに関する基本方針の決定が必要となる。そうであるなら、わざわざ会社法で同様の基本方針の決定に関する明文規定を置く必要があったのか、疑問の声があっても不思議ではない。にもかかわらず、なぜ会社法はこれらの規定を設けたのだろうか。

 大会社・委員会設置会社にとって、内部統制システム、つまり「株式会社の業務の適正を確保する体制」は、事業報告書の記載事項である(会社法施行規則118条2号)。事業報告書は定時株主総会に提出・提供しなければならず(会社法438条1項)、取締役は、提出・提供された事業報告の内容を定時株主総会に報告しなければならない(同条3項)。事業報告に記載・記録すべき重要な事項についての虚偽の記載・記録をした場合、損害賠償責任を負う(会社法429条2項)。記載・記録すべき事項を記載・記録せず、又は虚偽の記載・記録をしたときは100万円以下の過料に処する(会社法976条2項)。

 会社法は、単に内部統制システム構築を求めているだけでなく、以上のように、大会社などについては、決定した内容につき、以上のとおり事業報告を解した株主への公表などのプラスアルファを要求している。したがって、少なくともこの点が、わざわざ明文で規定した意味となる。

 その一方で、大企業の場合には、会社法にいう大会社・委員会設置会社でなくても、適正な内部統制システム構築を果たさなければ、経営陣は善管注意義務などに違反するという意味で「違法」となりうる。

 とはいっても、善管注意義務に基づいて大綱を決定せよ、といわれても何をどうすべきか、分からない部分が多い。会社法、そして会社法施行規則は、決定すべき事項を明示しているので、その限度で明確性が保証されているという意味がある。「安全な速度で通行せよ」であったものが「40km以下で通行せよ」になっている、ということになる。

 結局、経営陣が負うべき内部統制システム構築義務には、図1のように、善管注意義務などに基づくものと、今回の会社法に明文で規定されたものという2種類があることになる。前者は経営陣が直接社内に目を行き届かせることができない会社の場合に関する義務である。後者は、大会社・委員会設置会社の場合に関する義務である。

 ちなみに、上場会社の場合には、金融商品取引法に基づく内部統制構築義務がある。これをあわせると合計3種類となる。先に「二本立て」と述べたのは、あくまでも法律の数を指したものにすぎない。

図1 図1●内部統制システム体制決定義務の種類

金融商品取引法と会社法の内部統制の関係は?

 金融商品取引法と会社法は、どちらも内部統制システムに関する義務を定めている。この両者は、どのような関係に立つのだろうか。

 金融商品取引法は上場企業、会社法は大会社に決定義務を課している。両者は重なるようだが、やや範囲がズレている。大会社は、資本金が5億以上又は負債が200億円以上の会社であって、必ずしも上場会社であるとは限らない。逆もまた真である。

 また、その義務の内容も、会社法が前記のような体制を決定する義務であるのに対し、金融商品取引法では、以下のような義務が規定されている。まず、代表者は、財務報告にかかる内部統制の有効性を評価した「内部統制報告書」を作成・提出する義務を負う。内部統制報告書は会計士・監査証明の監査を受けなければならない。提出しなかったり、虚偽の記載をしたりすると、代表者は刑事責任・民事責任を負うことがある。

内部統制システム構築義務の期限

 善管注意義務などに基づく内部統制システム構築義務は、本当は今すぐにでも果たさなければならない義務だ。だが、この点が実際に問われるのは、何か具体的な不祥事が発生して、責任が問題となった時点となる。

 金融商品取引法に基づく内部統制構築義務は、まだ法案の段階にある。これが国会で成立して、実際に施行されるのは、まだ先であり、平成20年4月1日以降に開始する事業年度から義務の適用があるとされている。

 これに対し、会社法の施行日は2006年5月1日だ。大会社は、その直後の取締役会で基本方針を決定する必要がある(経過措置を定める政令14条)。つまり「待ったなし」の状況となっている。だから、施行がしばらく先の金融商品取引法ばかりに目をとられていると、施行が直近の会社法に足元をすくわれるおそれがある。

 委員会設置会社では、すでに体制の決定を経ているはずである。そうでない企業は5月までにまず大急ぎで改正会社法によって決定が義務付けられている事項を理解し、取締役会等で決定をする必要がある。


謝辞 本稿の執筆にあたっては、森亮二弁護士(英知法律事務所)から有益な示唆を受けた。この場を借りて感謝の意を表したい。


◎関連資料
神戸地裁「訴訟の早期終結に向けての裁判所の所見」(NPO株主オンブズマン)