私がシステム統合でプロジェクトスタッフを担当した時の話です。このプロジェクトは、簡単に言えば、私が働いていたA社と同業のB社が合併するにあたり、2つもシステムがあっても無駄なので、一緒にしてしまおうという話からきていました。

 ところが、A社もB社もこれまで合併どころかシステム統合経験もなく、これがはじめてのシステム統合作業でした。当然、統合におけるノウハウもありませんでした。合併は広くマスコミにリリースされてしまったのでノウハウがないから無理ということはいえません。

 「まあ、仕方ないな」、「できるかな」というのが正直な感想でした。私自身は、プロジェクトマネージャの経験はありましたが、統合はこのときがはじめてです。まあ、厳しい作業になるなとは思っていましたが、この時点ではそれほど苦しいとは思いませんでした。しかし、これは後から後悔するほど甘い認識でした。

 システム統合の基本方針としては、比較的新しく、機能的にも優れているA社システムを存続することが事前に決まっていました。つまり、A社のシステムを改造し、B社のデータを移行するいわゆる「片寄せ」によるシステム統合です。分かりやすく言うと、B社は住居を捨て、A社の家に引越しをするということです。しかし、もともと家の間取りが違うので、B社は自分たちが慣れ親しんできたものを多く捨てなくてはならないのです。これが、B社の不満、怒りになっていくことを当初、私は理解できていませんでした。

 一般に「片寄せ」では存続する方のシステム(A社システム)を担当する人(私たち)の苦労が多いのです。両社の機能を1つづつ調査し、違いがあればB社の業務方法を変更するのですが、これが非常に厄介な作業になります。

 「顧客に迷惑がかかる」、「取引先の都合で変更できない」などが表向きの理由なのですが、結局のところ、B社にしてみれば、長年慣れ親しんだ業務手順を変更することに強く抵抗するのです。こうなると統合作業は進まず、統合作業が遅れていきます。統合時期は決まっているのだから、早く作業を進めたいのですが、B社が全然納得しないのです。

 私が参加する前に、統合時期の決定のためにある程度の先行分析が行われていたのですが、実際に詳細検討をしてみると両社の業務・システムはかなり異なっていました。このため、万事揉めてしまい、作業は思ったように進みませんでした。

 とくに苦しかったのは、私にこのシステムの業務知識がなかったことです。A社とB社の業務の違いが私には分かりませんでした。(このシステムがサポートする業務の経験がなかったため。)

 業務内容がわからなければ、B社が本当に困るのか、単なる嫌がらせなのか分かりません。つまり、「いい加減に諦めてくださいと強くいえないのです。リーダの私がこんな優柔不断な状態ですので、皆の心はバラバラでした。作業は遅れだし、いつまでたっても作業が進む目処はたたなかったのです。次第に私はプロジェクトを管理する自信を失っていきました。
 このような状況で進捗しないプロジェクトに苛立った私の上司である情報システム部長の野口が進捗会議で我々スタッフを厳しく責めたてました。

野口:なぜ、いつまでたっても進捗しない。お前らはいつまで遊んでいるんだ。もう3ヶ月だ。何も変わっていないじゃないか。芦屋、どうなんだ。
芦屋:申し訳ございません。当社側の要件定義要員がこのような開発に慣れていないので・・・B社側も自社の要求を強く主張するので、なかなか進みません・・・
野口:何のために、お前たちを集めたと思ってるんだ。いいな、早くどうにかしろ。

 私は、野口の言葉に反論できず黙っていました。会議はこれで終ったのですが、その後、私は一人で野口の部屋に呼ばれました。「絶対詰められる、解任されるかも知れない」そう思いました。しかし、野口の発言は私の予想とはまったく違っていました。

野口:どうだ芦屋、難しいか?やっぱりお前でもお手上げか?
芦屋:・・・部長、申し訳ありません。今回の業務の知識がないので、できるのか確信が持てません・・・
野口:そうか・・・業務知識がないのは承知だよ。それでもお前に任せたんだ。お前ならできると思ったからだ。お前にできないんだったら誰にもできないと思う・・・分かった、もう少しやってみてくれ、それでできないというなら俺も諦めて社長に謝るよ。許されるものでもないけどな。

 私は野口のこの言葉を聞いて、身体が熱くなりました。感動してしまったのです。野口は自分を信頼してくれている、自分はなんとしても、このプロジェクトは成功させなくてはならないと強く感じました。何か、熱いものが体に通っているようでした。

 それから私はよく考えて行動しました。自分でも、何をしたのかよく覚えてないのですが、数ヶ月現場に常駐し業務を学びながら、プロジェクト管理、特にB社メンバーとの厳しい交渉を行いました。

 それまでは業務が分からないという理由で、B社のメンバーにも負けていた部分が多かったと思います。しかし、野口との一件依頼、なりふりかまわずプロジェクトを進めることに邁進しました。当初、現場は私の変貌に戸惑い、反発も多かったのですが、プロジェクトが少しずつ進むようになってから次第に人間関係も良くなっていきました。プロジェクト開始から半年経過したころには、遅れていた作業も何とか目処がたち、結局、このシステム統合は予定通り実施されたのでした。

 この事例のように、他人に期待をかけると、非常によく動くことがあります。これは「ピグマリオン効果」といわれるものですが、これを使うこともマネージメントの選択肢になるでしょう。

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