最近、大手ITサービス会社の幹部の人たちから、「大きくなる(規模を拡大する)リスク」について話を聞くことが多くなった。そのココロは、ユーザーのIT投資が復活したからといって、単純に事業規模を拡大してはならない、というもの。「案件はいっぱいあるのに、技術者不足で売り上げを増やせない」といった業界の“悲鳴”と比べると、明らかに異なるトーンだ。

 「大きくなるリスク」を語るITサービス会社は、特に金融分野を得意とする企業が多い。金融分野は今、銀行や証券などの特需で沸き、ユーザーから「いくらでも人が欲しい」と要請されている。ITサービス会社は「弊社も人材が足りません」と言うが、ここまでは公式コメント。詳しく聞いてみると、ユーザーの要望通りに技術者を出せる場合でも、あえて満額回答はしないようにしているという。

 今のITサービス業、なかでもユーザーと直に契約するプライム企業は「仕事は増えたが料金は上がらない」状況にある。さらに、この金融特需が終わる2008年以降の“奈落”も見える。そういう状況にあっては、ユーザーの要請に応じて増員しないのは、ある意味、当然の経営判断だろう。

 しかも、それは金融分野に限った話ではない。日本ユニシスの籾井社長なんかは「今のままではSI事業に将来はない」と公言してはばからないという。人材不足で採用できないのではなく、あえて今も人材採用を抑制しているITサービス会社もあると聞く。そんなわけだから、彼らからすると、単に規模を追うM&Aなどとんでもない、ということになる。

 私はこれまで、ユーザーとの力関係を改善するために、規模を追う大型のM&Aが必要と主張してきた。この基本認識は変わらないものの、そうした話を聞くにつけ、最近少し考えを改めた。確かに「大きくなるリスク」は十分に検討しなければならない。規模を拡大して、ユーザーとの力関係を改善したところで、他の産業と違い需要の変動には対応できない。米国には、寡占化を追求した挙句、ネットバブル崩壊による需要失速で大打撃を受けたEDSのような話もある。

 では、「大きくなるリスク」を警戒するITサービス会社はどうするのかというと、量ではなく質への取り組み、ビジネスモデルの変革、構造改革である。「なーんだ」と言うことなかれ。経営環境が改善し、売上規模を拡大することで利益を拡大できるようになった今、その甘い蜜に背を向けて、構造改革を図ろうというのである。金融分野に代表される“派遣型”の受託ソフト開発はITサービス業界の“基幹ビジネス”だが、この古いビジネスモデルから脱却し、パッケージ中心のビジネスなどへの転換を図るには、今しかないとの認識なのだ。

 4月11日付の日経産業新聞の『眼光紙背』というコラムに、「挑戦心そぐ安易な拡大」という記事があった。「優れた企業は、景気拡大の局面にあっても単純な事業の拡大には慎重だ」と、この著者は指摘する。そのうえで「構造改革を終えないうちに積極果敢な投資に打って出ている企業があるとしたら問題もある。結局は設備過剰、過当競争を招き、再びデフレ社会へと逆戻りする危険性が高いからだ」と結ぶ。産業界全般について語った記事だが、この指摘は今のITサービス業界に最もよく当てはまると思う。

 このように見ると、今の人材不足、技術者不足は、ある意味、幸いなことかもしれない。もし、今でも新卒や技術者を簡単に採用できるのであれば、単純な規模拡大への誘惑は断ち切り難きものだろうからである。人材不足が、構造改革に向けて動くようにITサービス会社の背中を押している側面が確かにある。