動機を高める要素を私は「行動のインセンティブ(報酬)」と呼んでいます。行動のインセンティブには、給与や賞与などの金銭的報酬、昇進・昇格などの処遇的報酬、直接的な報酬ではないけれども、面白い経験ができる、新しい知識が吸収できる、人脈が広がるなどの報酬も含まれます。さらに、もっと間接的な報酬もあります。「褒める」という行為も行動のインセンティブになるのです。

 通常、人から褒められると気分がよくなります。「この仕事をすると褒めてもらえる。自分は褒められることで気分がよくなる。だから自分はこの仕事をする」という場合、「褒めてもらえる」からいうのが動機に影響を与えます。だから、このような人には「褒める」ことを目的にしたコミュニケーションを行うことで行動を促すことができるのです。

 しかし、中には褒められることが好きでなく、褒められることでかえって気分が悪くなる人もいるかもしれません。この場合は、褒めても効果がありません。このように、人により何を行動のインセンティブとするのかはさまざまなのです。

 「褒めれば人は動く」という話は、古くからいわれていることですが、「誰にでも同じように褒めればよい」という単純なものではありません。褒めることは動機を高める有効な方法に間違いはありませんが、常に動機を高める方法とは限らないのです。

 相手の性格、心理状態、外的環境などのさまざまな条件によって、人の動機レベルは変化します。重要なのは、「今、動機に影響を与えるものはは何か?」を見つける努力をすることです。それが分かれば、あとはそれを「行動のインセンティブ」として与える方法を考え、相手を行動させるようにすればよいのです。

 では、行動のインセンティブと動機付けの具体例を紹介します。

思いもかけない言葉をかけられ、動きが俊敏に

 私が企画を始めたころの話です。当時、私は、ある取引先に商品を提供するための交渉をするチームで働いていました。

 チームリーダは青山というベテランでした。私たちのチームは、取引先の販売会社から出される商品要求を受け、どのように実現するかを社内で調整する仕事をしていました。こんな仕事ですので、多くのドキュメントを作ることが必要でした。資料を作り、上司や取引先、社内の関係部門に説明、説得する必要があったのです。

 私は、当時まだ若く、能力もいまひとつでした。上司の評価は「仕事は正確なのだけれども、スピード面で課題がある」というもので、先輩や上司から、もう少し早く資料を作成するよう指導されることも多く、これが私のやる気を著しく下げていました。

 私にも言い分はありました。私は「早いことと正確なことは両立しない」と考えており、正確なことを優先するというポリシーがあり、遅いことはしかたないと考えていました。「正確なほうがいいじゃないか」と信じていたのです。このため、周囲の「遅い」との意見を聞き入れず反発していました。
 
しかし、どんな仕事でも、いつも十分な時間がもらえるとは限りません。このときは、取引先との調整ががなかなか決まらず、何回も資料を作り直すことになったのです。

 こうなると、私の資料が遅いのは致命的です。資料がなければ、誰にも説明できないからです。この仕事は、私がボトルネックで遅れが目立つようになってしまいました。これ以上遅れることはできないと判断した青山は、直接私の席にきて、話をしたのでした。

青山:芦屋、追加商品候補の仕様明細なんだけど、2日でできないかな。先方がそれ以上待てないらしい。どうかな。
芦屋:厳しいですね。50枚は必要ですから。いろんな部門に確認しなくてはならないし、資料作成自体も綺麗に作らなくてはいけないですから。
青山:3日が前提なんだよ。それが第一なんだ。スピード重視でやってほしい。
芦屋:そういわれましても・・・

 青山と私のやりとりは10分以上続いたと思ういます。青山の口調はかなり厳しくなってきましたが、私は「無理」を繰り返しました。次第に青山は私が「強く命令しても動かない」人間だと悟ったのでしょう。数秒感黙り、笑顔でこう言って帰っていいきました。

芦屋、お前の作った資料は分かりやすいし正確だからみんな喜ぶんだよ。俺だけじゃない。皆楽しみにしてるんだよな。早く見せて、説明してくれよ。

 私はこれを聞いてどう感じたかが分かっていただけるでしょうか。身体が宙を浮く感覚がありました。私はこの直後からこの仕事に全神経を集中することになりました。家でも、一生懸命、一心不乱に仕事をしました。

 「もう、とにかく、早く皆に見せなくてはならない」という気持ちで一杯でした。結局、3日はいりませんでした。2日後のミーティングでメンバーに説明し、承認をもらい、社内を説得して回り、取引先に飛び込んだのです。

 この一件では、上司から大変褒められました。これも嬉しかったのですが、こんなに早く資料を作成できたことの方が驚きでした。つまり、この結果に一番驚いたのは他ならに「私自身」だったのです。

 自分では絶対3日ではできっこないと思っていたのですが、青山の一言で2日でできてしまったのです。このときまで、私は「自分の行動は自分できしかコントロールできない」と思っていましたが、そうではないことを理解しました。

 私ははじめて、「自分の行動は他人によってコントロールされる」ことを知ったのです。逆に言えば、「自分は他人の行動をコントロールできる」ということを私は強く学んだのでした。

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