メディア・リンクス事件に連座した元テレビ局員に無罪判決――今日、そんなニュースが出ていたので、あるペーパーの存在を思い出した。企業会計基準委員会が3月30日に公表した『ソフトウェア取引の収益の会計処理に関する業務上の取り扱い』のことだ。ITサービス業界の不祥事を受け、受託ソフト開発やパッケージソフト販売における会計処理の厳格化へ向けた取り組みが続いていたが、その成果物がこのペーパーである。

 このメディア・リンクス事件は、今でこそライブドア事件の前にかすんでしまったが、当時ITサービス業界や会計監査制度を揺るがした大事件だった。大阪のシステム開発会社だったメディア・リンクスが架空取引による粉飾決算を行ったとして、2004年秋に摘発された事件で、同社の社長だけでなく、元テレビ局員や大手SIerの元部長などが事件に連座したとして逮捕された。さらに、こうした事件の土壌にITサービス業界の不透明な商慣行があるとされたため、事が大きくなった。

 取引実態がない伝票だけの“取引”で売上を水増しする手口の犯行で、その当時「スルー取引」「口座貸し」など“業界用語”もこの事件により有名になった。この事件などをきっかけに、会計監査の信頼性も失われかねないと危機感を持った日本公認会計士協会が動き、日本の会計基準作りを担う企業会計基準委員会に対して、ITサービス業における会計監査上の指針作りを働きかけた。その結果、出てきたのがこの『ソフトウェア取引の収益の会計処理に関する業務上の取り扱い』である。

 このペーパーのドラフトは以前読んだことがあったが、改めて読んでみると、拍子抜けするぐらい常識的な内容である。まあ、この手のペーパーが非常識だと困るのだが、当初は受託ソフト開発についてもパッケージソフト取引のアナロジーで議論を進めるなど、「あれっ」と思うことがあった。ただ、この最終版は、極めて納得感のある常識的な内容になっている。

 3つほど例を挙げてみると、次のようになる。
●まともな契約書がない場合や検収書が発行されていない場合、もしくは検収後も作業を継続している場合は、ITサービス会社はその取引の完了を客観的に説明できなければならない。
●分割検収の場合は、納品日や入金条件などの事前の取り決めがあり、分割単位で一定の機能を有する成果物が提供されたことなどを確認できなければならない。
●下請け企業に丸投げした場合は、瑕疵担保など営業過程で当然負うべきリスクを負担していることを証明できなければならない。

 このように常識的な“基準”が並ぶ。ところがITサービス業界では、それは常識ではないらしい。というのも、「取引相手も含めた多大な対応を要すること等もある」との理由で、適用は当初予定よりも1年ずらし、2007年4月以降に始まる事業年度からとしたからだ。おそらく、年度をまたがるSIプロジェクトなどで、この基準に抵触する案件があるとの判断からだろう。

 まあ、ここで「やはりITサービス業界には、まともな商慣行がないな」と皮肉っても仕方がない。1年間執行猶予が与えられたわけだから、ITサービス業界はここらできっぱりと“身ぎれい”になるべきだ。つまり、なあなあで済ませてきたユーザー企業や協力会社との取引を、世間の常識に合わせるように努力するべきだろう。

 今年度は自社のビジネスでの内部統制の確立、そして来年度はユーザー企業への日本版SOX法(金融商取引法)対策ソリューションの売り込み。これでピッタリ時間は合う。


*このエントリーをアップした際に、最後の行が抜け落ちていました。改めて読んでみると蛇足の感もありますが、最後の行を追加しておきます。失礼しました。

(東葛人)