この4月より1年間、毎週木曜夜に、明治大学商学部で講師を勤めることになりました。経営情報学会でご縁をいただいた村田潔教授からご指名をいただき、ベンチャービジネス論、起業プランニング論の講義をということになったのです。予想もしなかったリクエストに驚き戸惑いました。

 しかし、ふと、ブログを使った起業体験を通じて新しい参加型の授業ができるのではないかと思い立ちました。かなり大胆な授業計画書をおそるおそる提出したのですが、なんと大学から承認され、意気に感じているところです。そこで、今回は、受講生と私がチャレンジする、1年間のブログ活用授業の案について発表いたしましょう。

ビデオ「てんびんの詩」に学ぶ近江商人「三方よし」の心

 企業のセールス研修などで、「てんびんの詩」というビデオを見たことがある方は少なくないでしょう。これは、商人としての心得を学ぶための知る人ぞ知るビデオです。小学校を卒業したばかりの主人公が、ある日商人である父親から、てんびん棒を担いで「なべぶた」を売って来いと言われます。

 人に頭も下げたことのない子供が、特に必要もない「なべぶた」を売って歩くのですから、おいそれと売れるはずもありません。詳しい展開はビデオを見ていただくとして、結論は、近江商人の精神「三方よし=売り手よし、買い手よし、世間よし」を体現しないと売れないことを知り、人情の機微を体感するお話です。私も、なぜか転職するたびに、このビデオを見る機会があり、そのたびに泣いたことを思い出します。

 最近は、若い起業家や起業家志望の学生とお会いする機会が多いのですが、ベンチャーやIPOといった横文字に魅せられて起業したい人が多いようです。残念ながら、「てんびんの詩」が伝えるような「あきんど」魂に欠けていると感じる場合がほとんどです。「三方よし」の精神は、昨今、企業経営のテーマとして取り上げられるCS=顧客満足や、CSR=企業の社会的責任とも通じるはずです。

ネット商人の修行として「ブログの詩」に挑戦

 本来ならば、てんびん棒を担いで、受講生に駿河台界隈を何か売り歩いてもらいたいところです。私自身も商人の子供として職住一致の環境に育ちましたが、本当の意味で「商いの心」を学んだのは、社会人となって初めて体験した「飛び込みセールス」だったからです。

 自分が売りたい商品の話をする前に、お客様が望むことを心で感じ取らなくてはならないこと。お客様のお悩みを解決するために、時には商売を忘れてできる限り尽力すること。商品が良いから売れるのではなく、自分のことを認めてくれるからこそ売れること。決算書の読み方や、マーケティングの理論も大切ですが、こうした「商いのこころ」をいかに伝えるのかが私の挑戦です。

 今回は、てんびん棒を担ぐ代わりに、受講者全員が自らブログを立ち上げます。そして、自分自身とは何か自問して、お役立ちのテーマを決めることから始めます。そして、成功報酬制のネット販売代理店制度=アフィリエイトプログラムを活用します。自分のブログ=起業テーマにふさわしい商品、自分自身が愛用し惚れこんだ逸品を販売する体験をしてもらうのです。

 これは言うならば「てんびんの詩」ならぬ「ブログの詩」だと言えましょう。もちろん、手段こそ異なれ、「三方よし」の精神は今も昔も変わりません。

学生たちは日本財団のCANPANブログを活用

 ここまで考えたのは良かったのですが、いざ実現するには問題がありました。明治大学には、学生が自由に使えるブログのインフラがないからです。もちろん、新米講師のために、わざわざシステムを開発したり、有料サービスを使う予算はないでしょう。もちろん、楽天ブログやココログなどの無料ブログを活用する方法も考えましたが、アフィリエイト活用・商用利用・知的所有権などに制約があり、条件が合いません。

 そこで、公益目的なら無料で活用でき、アフィリエイト活用が自由で、知的所有権も確保されるCANPANブログを使わせていただけないか、日本財団に相談いたしました。もちろん、大学の授業に使うとはいえ、学生の商用利用で使うことは間違いないので、断られても仕方が無いと思っておりました。しかしながら、CANPANブログリーダーの寺内さんは、日本に真の起業家、即ち三方よしのあきんどを増やす趣旨に賛同してくださったのです。

「世のためお客様のため自分のため」になる起業家を

 当実習では、どんなテーマのブログで起業しても、何を販売しても、基本的には自由です。ただし、大原則として「三方よし、世のため、お客様のため、自分のため」になることを守っていただきます。

 今後民間企業は、ますます社会的責任を問われて、公益性を増すでしょう。ですから、ブログのアクセスを増やすため、売り上げを増やすために、テーマや手段を選ばなかった、反社会的な学生に対しては評価をしないつもりです。

 一方、NPOやNGOなどの公益法人は、民間企業なみの市場性・生産性を求められることでしょう。ですから、経営理念が立派なだけでは不十分です。たった一人が発信するブログであっても、一定以上の愛読者とお客様を獲得できることを実体験してもらいたいのです。

講義の出席とレポート提出にもブログを活用

 もちろん、毎回テーマを決めた講義も行います。そのダイジェストを、講師ブログにアップしていきますので、そこに受講生自らが授業の感想や質問などをコメント・トラックバックすることを出席と同様に評価します。すぐれたコメントやブログを書いた生徒には、授業中に短いプレゼンテーションを行う機会も作りたいと思います。手段を問わず、自分の意見をしっかり伝えることができる「あきんど」を育てたいからです。

 また、実体験重視の授業となるため、どうしても経営者としての素養・座学の部分にしわ寄せが行くことは否めません。そこで、毎回、私がこれまでに読んで役だった本の中から、わかりやすく読みやすい本を1冊ずつ選んで紹介します。この書評もブログに書いてリンクしあうようにします。最近の学生はとにかく本を読まないそうですが、1年間毎週1冊本を読み、書評をまとめた学生には、それが血肉になると確信しています。

1年間の講義と成果をネットや書籍で公開

 この1年間の半ば実験的な授業の様子は、講師と生徒のブログを通じても実感していただけるようにネットで公開していきます。さらに、1年間の授業には、ある出版社の編集者がご参加されることが決まっております。その内容が、社会的に意味のあるものだったら、出版することもお考えいただいているそうです。

 私は大学の先生ではないので、この手法を独占する意思はありません。本業が忙しくなれば、来年以降講師を続けることも難しいかもしれません。ですから、むしろ、大学のみならず、中学、高校でも、心ある先生方が、さらに応用・発展させて、日本に心ある起業家を増やして欲しいと考えます。

商人大国なら国は豊かになる

 尊敬する東京財団会長の日下公人先生は、「長銀がおかしくなったのも商売人の子供を採用しなかったから」だと、よくおっしゃっていました。私は中小企業の町、墨田区に生まれ育ちましたが、ここでも中小企業の廃業と、ご子息のサラリーマン化が進んで、商売人も商売人の子供も減る一方です。

 この1年講義で体得すべきネット商人の心得は、たとえ将来、勤め人になったとしても、早朝起業家、週末起業家として活用できると考えます。また家庭の専業主婦や主夫にも、退職後のシニアにも、生涯にわたって活用できるはずです。

 いかにも「売らんかなで」リンクバナーいっぱいのブロガーアフィリエイトには感心いたしません。しかし、「三方よし」の感覚を持つ市井のあきんどたちの「笑顔が浮かぶブログ記事」がネットにあふれて欲しいのです。そうすれば、きっと社会も明るくなり、感謝の言葉が絶えない国家になるでしょう。