創造的開発とは,自分の世界を創造することである。芸術と同じく,「個性のほとばしり」であるアイディアに基づいていまだ世の中に存在しない製品を開発することである。成功という希望と失敗という不安を抱き合わせて,人跡未踏の荒野を羅針盤も持たずに進むようなものだ。

 創造的開発において新規概念や開発コンセプトなどを創造するためには,開発こそ我が道と信じ,決して人の歩んだ道を行ってはいけない。新規性のあるものを生み出すには,現状に執着してもいけない。長年にわたって培ったノウハウや技術などを捨てることは容易ではない。しかし,経験という過去と現在を分析し,昇華させ捨て去る勇気が必要だ。インクリメンタルな改良や改善は,創造的開発とは全く別のものである。

 美的感覚を持ち合わせていないと良い仕事はできない。仕事のプロは皆,自分の美的感覚を持っている。感覚的に美しく感じるものは,機能的にも優れている。子供のころから,美しいものを美しい,素晴らしいことを素晴らしいと感じる経験が必要だ。

 私が8080マイクロプロセッサを開発していたころのこと,米Intelで最初の4KビットDRAMが開発されたときのエピソードである。欧州人がマネージした最初の開発グル-プの仕事がなかなか収束せず,結局プロジェクトは失敗した。研究成果はあったものの,開発レベルの仕事に問題があったためである。プロジェクトは,米国人がマネージした2番目の開発グル-プが引き継いた。

 ところが,2番目の開発グル-プは最初のグループが残した資料を全部捨ててしまった。資料を捨てるのはもったいない,と言ったら,「自分たちは開発のために雇われたのだから,自分たちのアイディアで開発を成功させて初めて自分たちの価値を認めさせることができるのだ」と言われた。実際は資料を見ていると思うが,米国での開発はものすごいものだと感心した。もっとも,生産への移行は中国人がマネージした3番目の開発グループが行った。

 私が8080を開発したときも,一世代前の8008の資料は一切参考にしなかった。もっともこのときは「素人が作った論理など見たくもない」「自分の実力の方がはるかに上だ」という自負もあった。勝つ自信がなければ,開発という戦いはできない。創造的開発とは難しいものである。

 新しい概念を創造したとしても,開発者の頭の中は誰も分からないから,大いに自分の考えを広める必要がある。ところが,良いアイディアほどその価値を理解してくれる人が少ないのが普通だ。最初は無視され,低い評価しか得られない。

 また,偏差値が高い,いわゆる秀才的な技術者ほど自分が創造したアイディアを大事にしない傾向がある。自分が生み出したアイディアは,執念を持って育てないといけない。同じアイディアを,「世界中で3人くらいしか思いつかないだろう」と思って実行に移すか,「自分でもできたから世の中にはもっと良いアイディアがあるだろう」と思ってあきらめてしまうかの違いである。

 アイディアを思いついても大半の人は実行しないものだ。1963年ころに,“Computer On Chip”という概念が専門家の間で言い始められた。しかし,専門家は誰も開発しなかった。4004マイクロプロセッサが成功裏に開発されると,多くの人が“私も開発していた”と言う。嘘である。

 日本社会では「沈黙は金」とか,摩訶不思議な「チ-ム・プレイ」が尊ばれる。チ-ム・プレイも重要であるが,創造的開発では日本社会における美徳とは全く相反する行動が要求される。会議では,他人の間違いやアイディアの欠点を指摘し,逆に相手が正しければ速やかに相手のアイディアを受け入れ,さらにそのアイディアを強化する提案すらしなくてはならない。討論している間に新たなアイディアを考え出す,柔軟で回転が速く強い頭も必要だ。

 日本における,会議前と後の「根回し」は全く役に立たない。いったん会議で決定したことは,自分が提出したアイディアであり,かつ全員が全面的に同意したように協力し実行する。すなわち,結論を出すために行うのが会議である。