最近,企業では派遣社員を大量に雇用する動きが目立っている。私がコンサルティングで関わっている職場も例外ではない。その職場は,ある企業のテレセールス部門である。テレセールス担当者はほぼ全員,派遣社員だ。

 A君が仕事中に突然立ち上がった。A君はヘッドセットを頭から取り外して「お客様が『上司を出せ』と言ってます」と叫んだ。周りの席のテレセールスの視線が一斉に私に集まった。私は「こっちへ転送してくれ」とA君に指示した。私は顧客からの怒鳴り声を聞かされることを予測しつつ,若干構えながら受話器を取り上げて,「コールセンター責任者の多田です」と応えた。

 顧客は電話口で綿々と,なぜ「上司を出せ」と発言したかの事情を話してくれた。私はおよそ5分ほどの間,その話を遮らずに,相づちを打ちながら傾聴した。時折,申し訳ありませんと言いながら。

 話を聞いてみると,この顧客は何か苦情を申し立てたくて電話をかけてきたのではなかった。顧客は自分の知りたいことがあって,それを知らせて欲しい,もし可能なら商品・サービスを購入したい,というものだった。

 あいにく,すぐにサービスが提供できる区域ではなかった。私は「ご期待に添えずに申し訳ありません」と断らざるを得なかった。しかし,顧客は「サービス提供が決まったら教えてください。一番に申し込みますから」と電話口で伝えてくれた。

 実はこの顧客はA君に「上司を出せ」と言う前に,2人のテレセールス担当者と2人のスーパーバイザーによる対応を受けていた。つまり合計5人の対応を受けていたことになる。そしてこの5人全員,この顧客へのサービス提供---顧客の知りたいことを知らせること---に失敗した。そしていらついた顧客は,最終的に私と対話することになったわけだ。

関係醸成は顧客より先に組織内から始めよ

 テレセールス担当者らには,自分たちの仕事の本質がまったく見えていなかった。顧客の声を傾聴しながら,顧客が本当に期待していることは何かを分析するという努力,期待が見えたらそれを充足する手立てを講じるという努力---。それらがまったくなされなかったということだ。

 このような考え方を個人が自発的に備えるようになるケースは希だ。だから,教育し訓練することが必要である。つまり,「人を育てる」しか組織が生き残る道はない。

 だが,人を育てるというのは,私が言うまでもなくやっかいなことだ。特に育てるべき人材が派遣社員だったり,アウトソーシング先企業の社員だったりすると,なおさら事情は複雑である。

 少なくとも言えるのは次のようなことだ。企業が派遣社員を雇い入れたりアウトソーシングする際には,派遣社員やアウトソーシング先との関係作りや教育にいっそう注意を払うべきである。それができなければ,顧客との良好な関係を保つことは望めない。

 私が長くCRMの現場に関わってきた経験からすると,派遣社員やアウトソーシング先の企業には,特有の傾向がある。いつも雇い主であるクライアントの顔色をうかがっているのだ。もっと具体的に言うと,「顧客第一」ではなく,「クライアント第一」の考え方になっている。そんな状況では,顧客との良好な関係醸成など実現できない。たとえ最新鋭の情報システムを装備しても,だ。

 同じ会社の社員であればまだ,育てることに意識がいく。しかし異なる組織に所属する人材や派遣社員が相手だと,どうしても「一時的な関係」と見なしてしまい,育てることについて意識が薄くなりがちだ。

 一時的であっても一体的に動くべき組織なのだから,マネジャは「チーム・ビルディング」を心がけなければならない。ただ,一般的にマネジャは日常の業務に追われ,育成を忘れてしまう。ついつい安直にノルマを課して叱咤激励することに終始しがちだ。そんなことを繰り返すうちに,組織は崩れていく。派遣社員やアウトソーシング先の社員が多数を占める組織であればなおさら,崩れるのは早い。

 一方,派遣社員らは雇い主から使い捨てるとも育てるとも,はっきり言われずに“曖昧な時間”を過ごしている。先に「自分たちの仕事の本質が見えていないテレセールス担当者」のことを書いたが,派遣社員であるテレセールス担当者にしてみれば,雇い主からはっきりと「あなた方は我々にとって大切な人材です」とアピールされなければ,仕事の本質を見出そうとするモチベーションなど湧かないだろう。

 このような構図からは,なかなか人を育てる方策も見いだせない。米国では多様な雇用形態を前提とした「育てる方法論」が確立されているが,日本ではまだそれはない。個人的には,新しい教育サービスの市場機会が生まれつつある,とも感じているが。

 少なくとも,雇い主,雇われ側どちらにも意識の変革が必要であることは間違いない。そして意識の変革は個人の課題として取り組むのでなく,組織的に取り組むべきなのだ。経営者の見識と力量が問われる問題である。