人を使って仕事をしていくためには、人を適切に動かしたり、逆に正しくない行為を適宜止めさせるような行動制御が必要です。私は、これを、ヒューマンマネジメントにおけるコントロールと呼んでいます。

 では、仕事における人の行動をコントロールする要素にはどんなものがあるのか?私は、(1)ミッション(使命感)、(2)モチベーション(動機)、(3)行動のインセンティブ(報酬)の3つを使ってコントロールするように指導しています。

ミッション(仕事の使命感)

 人が仕事をする場合、慣れていないうち(知識や判断基準がない)場合は誰かの指示を細かく聞かないと上手く行動できません。

 業務経験のない新人が会社に入ってどこかの部門に配属になって、初日から素晴らしい動きができるわけはありません。多くの人は、少しづつ仕事を覚えていきます。そして、上司からの指示も次第に細かい指示から大まかな方向性に変更させていきます。

 例えば、システム開発部門に配属された新人は、最初は先輩指示を受け、システム設計のサポートをしたり、ドキュメントを書いたりという「作業」的な仕事しかできないのです。だから、指示するほうは大変です。詳細に指示しないと仕事ができないのですから。これは、仕事というより作業屋です。

 しかし、経験を積むともっと大きな方向性の指示で仕事を行ったり、自分の考えで仕事を行うようになります。指示しなくても、組織や自分の仕事の方向を考え、業務遂行するようになるのです。このように「自分の仕事は○○」という自己認識持たせることを私は「ミッション・コントロール」と呼びます。

 「自分のミッションが何であるか」を常に意識している人は、質の高い整合性の取れた言動をしたり、理路整然とした資料を作成することができます。これは、「仕事上の目標を達成するための行動が手段に過ぎない」ということを理解できているからです。

 一方、ミッション認識が弱い人は、目的意識が低いため、行動自体がひとつの目的になってしまい、場当たり的で整合性のないものとなります。

 私が若い頃の話です。ある仕事で提携先の企業候補にプレゼンテーションをするチームに配属されたことがありました。当時私は、システムエンジニアでこのような仕事をしたことがありませんでした。

 当然、全て上司や先輩が教えてくれると思っていました。しかし、現実は違いました。配属させると、すぐに上司の石本から資料作成を命じられたのです。

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芦屋:「どんな資料を書けばよいのか指示してください。」

石本::「今回の目標を達成するための資料を書けばいいんだよ。今まで作ったもののなかから使えるのを選んでもいいし、ないなら作るしかないよ。明日の午前中まででいいよ。誤字脱字だけは絶対駄目だぞ。」

芦屋:「あの・・・、どんな内容を書けばいいのか、話し合いたいのですが・・・」

石本::「君のミッションだから、君が考えればいいよ。君の考えるシナリオに沿って、どこを文書にして、どこを口頭にするのか考えてもらえればいいんだけど。そうそう、あっちの責任者の喜ぶ言葉用意しておいてね。議事録読んでれば分かるはずだよね。」

芦屋:「・・・・すみません。私には理解できないのですが・・・」

石本::「それでは仕事が進まないよ。できないあきらめというのは駄目だよ。考えなければ。どうすればいいか君のミッションだから・・・俺の言ったとおり作っても意味ないでしょ。」

芦屋:「でも・・・私はこういう仕事が初めてなので・・・」

石本::「今の君のミッションは何なの?今の仕事で足りないものがあれば、集めればいいだろう。君のミッションを達成するための行動は君の行動なんだよ。君は、僕らのサポートをしているんじゃないよね。君自身の目標を達成するために行動をするんだよ。この仕事は君の仕事。俺が君のサポート係だよ。分からないなら分かるようにすればいい。議事録全て読み返しなよ。資料も全部熟読しなさい。漠然と仕事していて成長できると思う?もういい年なんだから、考えてから行動しなよ。いいね」

芦屋:「・・・・やります。」

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 今思えば、このときの石本の厳しい口調は全て私を成長させるためだと思います。しかし、当時は食べ物ものどを通らないほど落ち込みました。

 この後、私は必死で新しい仕事を覚えました。石本は「ミッション」という言葉をよく使用していました。彼は私に「ミッション」を認識させ、行動は手段であることを強く認識させたかったのでしょう。以後、私はミッションをコントロールすることが、人の行動に強く影響を与えることを知り、自分のヒューマンマネジメントでもよく利用するようになったのでした。