「ITによる革新を企業より消費者が先に享受する、“産消逆転”が起きている」。野村総合研究所の村上輝康理事長は、消費者や家庭のITの利用環境の高度化に、企業が追いつけないことに警笛を鳴らす。最近は企業で、個人情報保護や内部統制など内向きなIT投資が増え、顧客との接点など前向きな投資が進まないことに起因する。

 特に、これまでIT化を常にリードしてきた企業でIT活用の遅れが顕著になってきた。IT関連の予算が増えるわけでもないのに、経営者はコンプライアンスに必死になり、情報システムで対応しようとIT部門に強いプレッシャーをかける。2005年4月に個人情報保護法が完全施行されれば、IT部門は経営者から「セキュリティ対策の整備を急げ」と迫られる。そこに内部統制も加わった。M&A(企業の合併・買収)や事業の統廃合などへのシステム対応も待ったなしに求められる。コスト削減、さらには一部のプロセスを社外に「アウトソーシングしろ」とも言われる。IT部門はこの数年間、こうしことに振り回され続けてきた。

 その半面、肝心の業務システムは10年、20年前に構築した旧態依然のまま。社内の打ち合わせにしても、いまだに会議室を使うのが主流。抜本的な見直しはいつも先送りにされてきた。その結果、「ブロードバンド化やユビキタス化がもたらす技術革新の果実を採る余裕がIT部門になくなってしまった」(村上氏)。

 その一方で、個人や家庭のITの利用環境はますます高度化する。例えばADSLや100Mの光ファイバーの導入は企業より進展が速い。デジタルカメラやGPS、電子マネー、指紋認証、テレビ電話といった機能を装備する携帯電話を持つのは当たり前になってきた。個人で1万、2万円を出せば、100GBのストレージを購入できるし、スキャナー/コピー機能付きプリンタも手軽に入手できる。屋外で無線環境を利用する人も増えている。「ブロードバンド以降、消費者がIT化のイニシアティブをとってきた」(村上氏)のだ。

 こうしたITの技術革新が消費者のIT利用形態を激変させている。例えば、ある商品が発売されると、購入した消費者の評価がインターネット上に瞬く間に広がる。消費者が競合商品と価格や性能を比べるのも非常に簡単になった。

 しかも、ブログやソーシャル・ネットワーキングなどを使うネットコミュニティで消費者同士が結びつき、「当社のそんなことまで知られているのか」となるケースも出てきた。かつては企業内にとどまっていた商品や発売元の企業情報が誰でも手に入る環境にもなった。

 逆に、企業は自分の目が届く範囲の情報しかない。情報の質、豊富さで企業と消費者の立場が逆転してしまった。このことに気づかない企業もある。

官消逆転もある

 実は“官消逆転”もある。官庁システムのコストを削減するために「レガシーマイグレーションをしろ」「調達方法を見直せ」など様々な要求をIT部門や部門長にする。その一環からオープン化や電子申請システムのオンライン化を推進したものの、国民のオンライン利用率は1~2%と極めて低い。なんとか引き上げようと躍起になるが、実はこれらはレガシーシステムでも実現できたこと。個人の利用環境はどんどん進んでいるのに、官庁システムは国民の利便性を高める技術革新を取り込めないのだ。

 村上氏は「こうした技術革新のズレを是正し、産消逆転の状況を再逆転させられるのは経営トップしかいない」と助言する。経営者の要求から守りのIT化の役割を担うIT部門長に任せるとスピード感を持っての対応ができない。コスト削減が最優先のままだと、消費者と動画でコミュニケーションするなどといった新しいことにも取り組めない。消費者と信頼関係を生まれるような情報発信もできない。

 何もセキュリティ対策など内向きな投資を軽視しろと言っているのではない。せっかくブロードバンド環境で世界最先端を走る日本の特長を、企業が生かせる施策を打ち出すべきだということ。Web技術を活用すれば、再逆転を狙う企業のビジネス機会は広がるはずだ。そしてIT部門の役割を高める。すでに、そのフェーズに入った企業は出てきている。