日経BYTE誌に2002年7月号から2006年1月号まで連載させていただいた,「間違いだらけのネットワーク作り」を今月からITproで連載することになった。以前と同じ文体で技術やサービスのトレンド,設計,トラブル,営業などネットワークにまつわるもろもろと,ちょっと息抜きしていただくための旅や食にまつわることを書いていきたい。

PBXはルーター的

 2002年12月の東京ガス・ショックで起こったIP電話ブームは1年以上前に終わり,その後に登場したモバイル・セントレックスはWiFiのカベでブームになる前に沈静化した感がある。筆者のIP電話に対するポリシーは東京ガス以来不変で,「オフィスの生産性は電話を使わないことで向上してきた。減少し続ける音声通信に大きな設備投資はすべきではない」ということ。設備コスト削減に重きを置いて取り組んで来た。

 ただし,IP電話が今のネットワーク・ビジネスの主役ということではなく,企業ネットワークの一要素としてオフィスごとにPBXが老朽化したら,その後継として淡々と提案する状況だ。この「オフィスごと」がキーワードだ。以前,私は集中指向でIPセントレックスを使った方がトータルの設備を削減でき,コスト削減に有利だと考えていた。現在は違う。電話はレガシーな電話だろうが,IP電話だろうが「集中制御」より,「自律分散型」がふさわしい,というのが現在の考えだ。

 そもそも,PBXはルーター的存在だ。企業の各拠点にあるPBXがVoIPゲートウェイでイントラネットに接続された内線電話網を想像してほしい。各拠点を識別する拠点番号は,全社の番号計画として本社で設計せねばならない。例えば拠点番号2桁,電話番号4桁の番号計画なら大阪支社の拠点番号を60として,内線特番(PBXが内線であることを識別する一桁目の番号)のあとに“60-1234”などとダイヤルする。拠点番号はユニークなものを本社が割り当てねばならないが,各拠点のPBX配下の電話機にどんな内線番号を振るかは各拠点の自由だ。拠点内で電話機を追加しようが,移設しようが本社は勝手にさせておけばよい。

 これはルーターで構成されるIPネットワークがルーター配下のセグメントでアドレスをどう割り当てようが自由なのと同じで,PBXによる内線網は自律分散型ネットワークだということだ。 自律分散型のいいところはネットワーク管理者の運用負荷が少なく,各拠点が独自に,すばやくユーザーの要求に対応できることだ。拠点で電話機を3台追加したいと思ったら,出入りのPBX業者に電話すればよい。すぐ技術者がやって来て,PBXの設定も電話機の設置も一人ですばやく済ませてくれる。

集中指向のメリットとデメリット

 IPセントレックスは名前のとおり集中指向だ。キャリアの持つIPセントレックスあるいは企業の一つの拠点に設置した自営IPセントレックスに多数の拠点を接続する。拠点にはPBXとか,IP電話サーバーは置かない。LANに接続されたIP電話機と電話回線をLANに収容するゲートウェイがあるだけだ。

 1カ所のサーバーを共用することで設備コストの削減が期待できる。これがIPセントレックスのメリットだ。しかし,デメリットもある。自律分散型だったPBXの世界から集中型のIPセントレックスに移行するのは移行そのものと,移行後の運用に労力とコストを要するのだ。

 まず,移行するには各拠点の電話機の設置場所,種類,台数,外線回線数,代表着信の方式,必要なPBX機能等々を調べあげねばならない。これらの情報は各拠点でもきちんと把握されてないことが多い。それを本社が全拠点きちんと整理しないと,IP電話機の種類や台数,IPセントレックスの設定内容が決まらないし,コストも見積もれない。

 最近会話したある企業では1年ほど前に自営IPセントレックスの導入を決め,本社に設置したIPセントレックスで約50カ所の事業所を収容することにした。

 設計開始から1年,移行開始から半年たった現在でも2~3カ所しか移行できていないという。その最大の原因は各拠点の現状把握が不完全で,さまざまな問題が噴出したためだ。 

 移行後の運用負荷も増える。企業では組織改正や人事異動で日常的に電話機の移設や増設がある。大企業では1年間で電話機の20%から30%が動くケースもある。自律分散的なPBXなら2,3台の電話機の追加は簡単にできた。しかし,IPセントレックスではちょっとやっかいになる。九州支店が電話機3台を増設するには,現地にIP電話機を持って行ってつなぐだけでは済まない。東京本社のIPセントレックスの設定変更を同時に行わねばならないのだ。これまで地元のPBX業者に一声かけるだけでできたことが,九州支店から本社にオーダーを出して現地側作業とセントレックス側作業を本社が調整して実施することになる。

 当然ながら時間もかかるし,コストも増える。キャリアのIPセントレックスを使っているユーザーから聞いた例では電話機の増設に2週間かかることもあるという。私が手がけるIPセントレックスではそこまでではないが,数日を要しているのが現状だ。電話の増設や移設のたびに対応せねばならない本社のネットワーク管理者は大変だ。

 以前なら本社は何もせず,地元まかせでよかったのだからその落差は大きい。

 IP電話サーバーが高価で設備コスト削減効果が大きかった頃は運用コストが多少増えても集中制御型にメリットがあった。しかし,IP電話サーバーはこの2~3年で低価格な製品がたくさん登場した。最も安いのはタダだ。Asteriskというアメリカ生まれのオープンソースのPBXソフトがその代表格だ。Linuxマシンは用意せねばならないがソフトは無償だ。

 筆者はこれからのIP電話は集中制御ではなく,安価なサーバーを各拠点に設置する自律分散型が有利だと考えている。設備コストも安く,運用負荷も少なくて済む。導入もしやすい。PBXが老朽化した拠点を一つ一つ移行して行けばよいからだ。

Asteriskは使えるか?

 IP電話サーバーは安価な方がいいに決まっている。ではタダのAsteriskは使えるのだろうか? 筆者は使えると断定できる情報も,使えないと断定できる情報も持っていないが,現時点では筆者のいう「自律分散的なIP電話」に適用するのは難しいだろう。三つのチェックポイントがある。

 まず自律分散的であるためには,「電話機を3台つけて」と電話すればすぐ来てくれる人件費の安い技術者が近くにいなければならない。日本のどこにでもAsteriskが分かる技術者がいるはずがない。Asteriskに限らず,サポートできる人件費の安い技術者がどこにでもいることは,IP電話サーバーを選択する上で重要なことだ。

 二つめのチェックポイントは端末のバリエーションだ。IP電話サーバーはそれだけでは役に立たない。接続できる電話機のバリエーションがそろってなければ使い物にならない。電話の利用が減っているといっても部署によってはヘビーユーザーがいる。使い勝手の良い多機能タイプの電話機はこれからも必要だし,会議室や応接室にはシンプルな電話機がいる。構内PHSへのニーズも根強い。Asteriskは簡単に手に入るが,転送・保留などさまざまな機能がボタン一つで設定・運用できる多機能タイプの電話端末やワイヤレス端末として何がつながるのだろう。つながることは誰が保証するのだろう。これは難しい問題だ。

 三つめのポイントは継続性だ。電話というのは息長く使われる。5年後でも,10年後でもサーバーや端末のメンテナンス・サービスが受けられる継続性は重要だ。安く導入したのはいいが,3年経ったらベンダーがいなくなっていたのでは困る。

寝台特急「出雲」の引退

 日経BYTE2004年5月号のコラムで触れた,寝台特急出雲が3月18日のダイヤ改正で引退してしまった。出雲は東京と出雲の間を東海道本線,山陰本線経由で結んでいた。2004年2月に研究会仲間で山陰の松葉ガニを食べるため,金曜日の夜9時東京駅発の出雲に4人で乗り込んだ。ほとんど貸切状態の食堂車のテーブルに白いテーブルクロスを広げ,Wさんがサンフランシスコから買ってきたばかりの上質なカリフォルニアワイン3本,グラス,幾種類かのチーズを並べると,そこだけ高級レストランのようになった。時間の経つのも忘れて夜中まで談笑した。

 翌朝,目的地の城崎が近づくと朝靄をまとったおだやかな山容の山々と,ゆったり流れる川が線路に沿い,いかにも日本の早春らしい景色があらわれた。

 新幹線や飛行機では味わえない,空間も時間もたっぷり使った汽車旅がもうできないかと思うと寂しいものだ。同時に,すごくぜいたくな思い出になったなとも思う。

 スピードと経済合理性を追求するだけでは人間は幸せになれない。4月8日には第26回情報化研究会・第7回京都研究会を開催する。ここでもスローな時間と空気を楽しみたい。