「SE一筋でやってきた人はねぇ、リタイアすると家庭や地域に居場所がないんだよ」 あるITサービス会社の社長がしみじみと話すのを、聞いたことがある。そりゃ、そうだろう。若い頃から馬車馬のように働き、コンピュータの傍で何日も留まり込むのも日常茶飯事。不本意ながらも家庭を顧みず、地域の行事にも参加せず、数十年が過ぎた。客観的事実として、居場所がなくて当たり前である。さて、どうするのか。

 そう言えば、来年は2007年である。企業の情報システムを中心になって支えてきた団塊世代のSEが退職していく「2007年問題」が始まる年だ。この2007年問題は、当初騒がれたほど深刻ではないが、顧みなくて済むほどヤワな問題ではない。2007年問題をファンファーレに日本の労働人口が急速に減少していく中で、SEの仕事、特にITサービス業界の仕事を敬遠する若者も急増中だ。日本全体、あるいは他の産業と比べ、事態ははるかに深刻である。

 そうした中にあって、いわゆるレガシー資産、COBOLやPL/Iなど書かれたソフト資産は、多くの企業でまだまだ重きをなしている。特にCOBOLは当分の間、重要な言語として存続し続けるだろう。しかし、若い人たちにCOBOLを教えるのか。これについては、以前“随分な話”を聞いたことがある。

 かつて「2000年問題」でIT需要が高まりつつあったとき、ある外資系ベンダーでCOBOL技術者が足りなくなった。私がそのベンダーの幹部に「どうするんですか」と聞くと、その幹部は「COBOL技術者は貴重な人材ですから、大勢育成しているんですよ」と答えた。「でも、Y2K特需が終わったら、人が余るでしょう」と私。すると彼は事も無げに「辞めてもらえば済むことです」 確かに“資本の論理”から言えば当然かもしれないが、騙し撃ちのようで不愉快な気分になったのを覚えている。

 もちろん、優秀な技術者ならCOBOLのエキスパートになった後でJavaを習得するのは、わけもないことだ。しかし、JavaやAjaxでキャリアを築こうと夢見ている若者に、COBOLをやれと言ったらモチベーションを維持できないだろう。中国語をやろうと思っている人に、まず英語を学べと言っているのと同じである。そんなことをしていては、IT不人気に拍車を掛けるだけだ。

 さて最初の話、間もなくリタイア年齢に達する先輩諸氏は、どうされるのだろうか。もちろん、心を入れ替える手はある。家族と共にあり、地域に交われば、素晴らしい人生だ。しかし、心を入れ替えない選択もあっていい。もはや手遅れの場合だってあるだろう。働く場があるのなら、働き続けるのも少子高齢化社会にあっては立派な社会貢献だ。

 考えてみれば定年とは、特定のITベンダーやITサービス会社、ユーザー企業に囲い込まれていた優秀な技術者が広く社会に解き放たれる時である。そんな人たちがSEなどの仕事を続けるのなら、それは企業の基幹系システムを担う人材の流動化を意味する。家庭復帰、地域復帰が手遅れな技術者は働き続けない手はないし、企業もそんな人材に仕事を任せない手はないと思う。

 ところが企業の多くはまだ、そんな気がないらしい。IT技術者不足の“火元”となった金融機関の中には、「COBOL技術者は大量にほしい。でも、50歳以上の人は勘弁してほしい」と、ミスマッチな要求をITベンダーに出すところもあるとのことだ。システム部門がリストラで若返ったので、年配の技術者は扱いにくいというのが理由だそうだが、それは“子供の論理”。そりゃ、深刻な技術者不足になって当然である。

 手垢が付いた感がある2007年問題だが、2007年が間近に迫った今、企業も個人も考えなければいけないことは、実は山のようにある。