CRMの基本的な概念の一つに「シングル・ポイント・コンタクト」がある。顧客との窓口を一つにまとめることで,適切な顧客対応を実現することだ。顧客にとっては,いつも企業側が顧客のことを知っていて,高いクオリティで応対されることが理想だ。その理想に向けて,企業は一般的にシングル・ポイント・コンタクトを仕組もうと(あるいは仕掛けようと)する。

 一方,企業のマーケティング活動ではマルチ・チャネル政策があたり前になっている。マルチ・チャネルとシングル・ポイント・コンタクトは,しばしば相反する。

“違う場所”に“違う問い合わせ”をせざるを得ない顧客

 私はいま某大手通信会社の仕事を請けている企業で,テレマーケティングのコンサルティングをしている。コンタクト・センターには,さまざまな問い合わせがかかってくる。例えば次のようなものだ。「私はインターネットの契約を申し込んだ。そちらでどの程度手続きが進んでいるのか?」。「いつADSLの工事に来るのかわかるか?」。もっと“抽象的”な問い合わせもある。「○○(その通信会社名)の名前が書いてある荷物が複数届いている。同じ会社かと思ったが,どうやら違う会社からそれぞれ送られてきているらしい。これはいったい何だ?」といった具合である。

 確かに,私がコンサルティングしているコンタクト・センターは,顧客から某大手通信会社へのコンタクトを引き受けている。だが,このコンタクト・センターでは答えられない質問が多い。

 大企業は特に,グループ各社が互いに販売提携を交わしている。そのため,複数社の複数のブランドが入り組んで販売されている。さらには,それぞれの企業が旧来の事務処理の仕組みのまま,めいめいに「顧客の存在を無視」して業務活動している。このため顧客は混乱する。顧客は,とりあえずその企業名を冠した窓口におのおのの疑問をぶつけるしかない。そこが自分の疑問を解決するにふさわしい窓口かどうかがわかりにくいからだ。

 つまり,チャネル(販売経路)は多様化したが,その多様なチャネルでの商品・サービスにふさわしい,アフターケアをフルフィルメント(履行)する仕組み作りが追いついていないのだ。だから顧客は「自分の注文は間違いなく実行されているのだろうか?」と,いつも不安を抱くことになる。

「ここでなんでも確認できる」場所を作れ

 企業はマルチチャネル戦略を推し進めるのであればなおさら,顧客とのコンタクト・ポイントをどこに設定するかに力を入れるべきだ。「とにもかくにもここへ問い合わせれば確認できる」という信頼を得ることが,顧客の獲得と離反防止の両面で大切だからである。

 電話での問い合わせや相談は,顧客の側にとってもっとも簡便だ。自身に置き換えてみればわかるが,自分は何がわからないのかが明確でなくても,電話をかけてやり取りを繰り返せば何とかなるからだ。それで顧客は,ついつい目についたフリーダイヤルに電話する。そして「応答に満足する」という体験をする。本当に欲しい情報や確認事項が得られなかったとしてもだ。すると顧客は,次にまたそのフリーダイヤルを頼りにする。これを繰り返していけば,おのずと顧客と企業の関係は醸成される。

 企業は一度でも顧客に問い合わせの電話をかけてもらえれば,そこを糸口に始められることは限りなくある。例えば,ちょっとした顧客への気遣いを電話口で示すことだっていい。

 以前,「コンタクト・センターに電話がかかってこなくなるのがもっとも望ましい顧客満足だ」と言い放ったコンサルタントがいたが,私の意見は逆だ。なにせ,顧客の側から接触を試みてくれている。それは顧客との関係醸成の手がかりで,かつ始まりだ。米国ではよくある,「顧客からの感謝の手紙」が日本にももっと根付けばよいのに,と思っている。

編集部注:著者の申し入れにより,企業名など一部の記述を変更しました(2006/3/24)