最近、いわゆる“偽装請負”の問題が、ITサービス業界で何かと話題になっている。2004年末に東京都労働局がその実態を調査・公表したのが“騒ぎ”の発端だが、巨額のIT投資を復活させIT技術者確保に動く金融機関が、コンプライアンスの観点からナーバスとなっていることも、この古くからの問題を再びクローズアップさせたようだ。「常態化している」と指弾される、この問題を改めて考えてみた。

 偽装派遣とは、請負契約で客先に常駐していながら、実態は派遣と変わらない業務状態を指す。契約に基づいた成果物を提供するというよりも、顧客企業の社員から直接指示を受けて言いなりで作業するといった形で、隠れ派遣とも言う。本当に古くからある“慣行”で、私が以前務めていた企業でも当たり前のように行われていた。20年も前のことだ。

 当時は、請負と派遣の区別もつかない若輩者だったが、その記憶が底流にあるのか、今まで私はこの問題に対して、どこか“当たり前感”を持っていたようだ。ITサービス業界のコンプライアンス度が疑われた、もう一つの問題である不透明な会計処理の話には敏感に反応したのだが、偽装請負、隠れ派遣については「ふーん、いつもの話にね」程度にしか思わなかった。これでは「コンプライアンスが云々」とかエラそうに言えないなあ、と反省している。

 さてITサービス業界では、こうした偽装請負、隠れ派遣が昔からずーと行われてきたわけで、まさに常態化していると言われても仕方のない状況といえる。ITサービス業における会計処理の厳格化に乗り出した企業会計基準委員会の専門委員会で、「請負を前提に会計処理の問題を議論しているが、ビジネスの実態が派遣と見なされたら、この議論自体が成り立たなくなる」との旨の意見が出たというから、相当に根深い問題である。

 偽装請負、隠れ派遣は、ITサービス業界の中ではむしろ“必要悪”として認識されてきたと思う。いわく「お客さんがそれを求めるから」。確かに顧客企業はそれを求めた。実質派遣でも、高い料金で請負契約を結ぶことで技術者の頭数を揃え、何かあったときには無理を聞いてもらおうとしたからだ。いわく「請負契約といっても、顧客から直接指示を受けないことなど不可能だ」。確かに不可能だった。仕様変更、手戻り、トラブルが“常態化”している開発現場では、顧客の技術者が直接指示しないことには修羅場を乗り切れない。

 しかし、偽装請負は違法行為であり、自社の社員を不幸にする。たとえグレーであっても、このままではITサービス業界は胡散臭い業界と思われかねないし、何よりもITサービス業を志す若者がますますいなくなる。コンプライアンスに疑義をもたれては、コンプライアンス関連ソリューションも提案できないだろう。自社、顧客とも上場企業なら、これからは両者とも内部統制上の問題としても指弾され、内部統制ソリューション提案どころの話ではなくなる。

 偽装請負の問題は、どこの業界にもいる確信犯的な企業でないなら、是非とも解決していかなければならない。今は少なくとも、顧客企業が偽装請負、隠れ派遣的なものを求めなくなった。あとは客先、オンサイトでの請負の仕事で修羅場の中、気が付くと違法行為をしていたという状況をどう防ぐかだ。

 それを防ぐためには少なくとも、開発するシステムだけでなく、仕事自体のコンポーネント化、モジュール化が出来ていなければならない。請け負う成果物、契約の範囲が事前に明確になっているのはもちろん、仕事の“インタフェース”がはっきりしている必要もある。仕様変更や手戻りが発生した場合どうするのか、などを顧客との間で事前に決めておくことも重要だろう。なあなあで仕事を頼んだり、頼まれたりするのもダメで、契約変更としてきっちりと契約管理されていなければならない。

 こういうことを書いていると、インドや中国でのオフショア開発を成功させるためにやらなければいけないことと同じだということに気付く。遠く離れたオフショア開発でプロジェクトを大失敗させるのも、目と鼻の先、オンサイトでの開発で偽装請負疑惑が生じるのも、なあなあで済まそうとした商取引にその要因があるといえそうだ。顧客や協力会社とのインタフェースの明確化、契約の厳密化は、ITサービス業界を“近代化”し、若者に魅力ある業界にするために不可欠なことだと思う。