防衛庁が漏洩庁になった?
「防衛庁が漏洩庁では困る」
これは、コンピュータ・ウイルスによる機密情報の漏えいが相次ぐ防衛庁について、日経新聞が2006年3月4日付け朝刊に掲載した社説の見出しである。
笑点の圓楽師匠なら、思わず「座布団1枚」とでも言いたくなるところかもしれない。しかし、今回の事件は洒落ではすまされそうにない。
海上自衛隊の機密情報がネットに流出していたことが明らかになったのは、今年(2006年)の2月24日。通信員の海曹長が護衛艦「あさゆき」からCD-Rに焼いて持ち帰り、私有パソコンに入れていたデータだった。
自宅で仕事の続きをする目的だったとしているが、流出したデータには、機密情報である暗号関係の「換字表」なども含まれていた。
今回の流出はコンピュータ・ウイルスへの感染が原因と報道されている。
海曹長はファイル交換ソフト「ウィニー」(Winny)を使っていたというから、おそらく問題のコンピュータ・ウイルスは、Antinny(アンティニー、W32/Antinny)というワームだと推測できる。このワームには、漏洩を発生させるタイプの亜種が存在しているからだ。
これに続き、他にも海上自衛隊、陸上自衛隊、航空自衛隊の隊員が同様のウイルスで公務情報を流出させていたという事実が、短期間に相次いで判明している。
自衛官も多忙なのかもしれない。だが、それほど大切でないデータならともかく、なぜ重要な国の防衛秘密データを、家に持ち帰って「自宅残業」していたのか。
持ち出し禁止を徹底できなかった管理体制の甘さを含めて、大きな疑問が残る。
日本国の防衛機密データが、さりげなく家庭のお茶の間に置かれていているという光景は、あまりにも非常識で、想像することすら恐ろしい。防衛機密は、家族団らんの場には似合わない。
さらに、なぜ複数の自衛官がウィニーを使っていたのかなど、疑問は尽きない。
防衛機密データが、インターネット接続された私有パソコン内に、もしも海賊版音楽データと同居していたのなら、考えただけで頭が痛くなる。
これでは「漏洩庁」と呼ばれても返す言葉がないはずだ。
国民と国家の安全保障を図るため、もっとしっかりと自衛官を教育するなど、情報セキュリティ管理策を徹底してほしい。国民のひとりとして苦言を呈したい。
損害賠償を求めて裁判沙汰になった事件も
このウイルスに起因する流出事件は、もちろん防衛庁の専売特許ではない。
各地の警察から捜査情報、学校から生徒情報、病院から患者のカルテ情報、県会議員から後援会情報、挙げ句の果ては、検査官から原発情報、刑務所から受刑者情報、裁判所から競売情報など、ありとあらゆる重要情報が、次々に流出し続けている。
報道によれば、捜査情報を流出させた岡山県警は、謝罪のため、県警職員が手分けして、漏洩被害者全員の自宅を戸別訪問して回ることを、3月4日に決めたという。
なかには北海道警江別署の巡査が起こした捜査情報流出事件のように、漏洩被害者がプライバシーを侵害されたとして、損害賠償を求めて裁判沙汰になったものもある。
この事件で札幌地裁平成17年4月28日判決は、北海道警を運営する自治体(北海道)の賠償責任を認めた。これに対し、控訴審の札幌高裁平成17年11月11日判決は、予見可能性がなかったなどとして責任を否定した。
しかし、これだけ同種事件が頻発して社会問題化した今となっては、今後、予見可能性がないなどとして責任を免れることは難しくなるはずだ。
以上のように、いつまでも同種の事件が繰り返し発生するという点に、この問題の根深さがある。
家に帰っても仕事を忘れないという、仕事熱心な日本人の美徳が、ネット社会の訪れとともに、裏目に出てしまったということなのか。
官民を問わず、今後における「自宅残業」のあり方に、大きな影響を与えそうだ。
だが、どれだけ多くの人が、このウイルスによって漏洩の責任を問われ、職場を追われたのだろうか。
「ちょっとした気のゆるみ」が、「後悔先に立たず」となってしまうのだ。
その一方、ウィニーの作者は、著作権法違反の幇助罪で刑事起訴され、現在も公判中の身であると聞いている。だから、おそらくバグフィックスもままならないのだろう。
コンピュータ・ウイルスの作成などの処罰化に向けた法案
こうしたなか、現在開会中の通常国会では、コンピュータ・ウイルスの作成などを処罰の対象とする刑法の改正案が審議されている。
(次回に続く)
◎関連資料
◆札幌地裁平成17年4月28日判決(裁判所サイト)
◆札幌高裁平成17年11月11日判決(裁判所サイト)