2005年の国際特許出願(PCT[注1])の各国別、出願人別の出願状況について、WIPO(世界知的所有権機構[注2])からの統計データが発表された。

EXCEPTIONAL GROWTH FROM NORTH EAST ASIA IN RECORD YEAR FOR INTERNATIONAL PATENT FILINGS(WIPO)http://www.wipo.int/edocs/prdocs/en/2006/wipo_pr_2006_436.html

 特許の世界では、日・欧・米が三大極を構成しており、多くの国際条約等もこれらの国、地域を無視しては進められないが、PCT出願においても、日本はヨーロッパ(46,446件)、米国(45,111件)に続く25,145件で三位であった。日本の経済規模が米国の約半分であるとしたら、経済規模に比例して、知財活動が行われていることを示すものであり、妥当な数字であろう。

 WIPOの統計注釈にも特筆されているとおり、日本の伸び率は前年比24.3%であり、欧州(5.5%)、米国(3.8%)に比べて群を抜いている。この傾向は5年前(2000年)から比較すると一層顕著となる。2000年当時欧州(36031件)、米国(38007件)からの伸び率はそれぞれ28.9%、18.7%であるのに対し、日本は2000年当時9567件であり、この5年間で162%(約2.5倍)の伸びを見せている。この伸び率は中国(213%)、韓国(200%)に比べれば低い数字ではあるが、これらの国々の2000年時の実績は、それぞれ784件、1580件であり、10000件弱の母数から2.5倍に伸ばした日本とは全くレベルが異なる。これらを考慮すると、日本の伸び率が特筆すべきことがわかるであろう。

 さて、日本から外国に出願するルートは、PCTを用いる方式(PCTルート)の他、工業所有権にかかわるパリ条約による従来方式(パリルート)がある。従って、日本発の発明が海外に対して出願された件数の増加は、PCTルートによる特許出願の件数に加え、パリルートによる特許出願件数を加えて評価しないと正確な実態を把握できない。そして、WIPOという管轄機関のあるPCTルートの国際特許出願と比べ、パリルートにかかる外国特許出願は各国特許庁に対して個別に行われるため、統計データが存在しない。ゆえに、PCT出願の伸び率をもって「日本の特許実務の国際化が進んだ」という結論は早計である。

 従来、日本の外国出願実務はパリルートによる外国出願が中心に行われてきており、PCT出願への切り替えが遅れているといわれてきた。5年間で日本がPCT出願件数を顕著に伸ばしたのは、もともと遅れていた切り替えがようやく進み始めたからだ、と解釈することも可能である。しかし、パリルートからPCTルートへの切り替えを考慮したとしても、日本の出願実務の国際化がこの5年で進んだと見るのが正しい見方であると考えられる。

 パリルートからPCTルートへの切り替えは世界的な現象であり、日本に限ったことではない。欧米の伸び率である20-30%増は、この切り替えによるPCT出願増であると推測できる。日本の場合、切り替えによるPCT出願の増加分を50-60%程度と見込んだとしても、残りの10000件あまりの増加は純粋に日本の出願実務の国際化による伸び率であると評価することが可能ではないかと思われる。

 そのような特許出願実務の国際化を推進した要因はなんであろうか。一つは2000年から我が国の国家戦略となった知財立国の動きであることは否定できない。知財立国を国際特許出願の関連で捉えると、韓国、中国の台頭が明らかになり、これらの国に対する技術流出防止を徹底するとともに、日本発の技術を積極的に特許出願するという考え方が普及定着した時期が2000-2005年の時期なのである。

 もう一つの要因は、国内の特許啓蒙の成果であると考える。日本国内においても特許戦略の重要性が再認識され、従前のような大企業のみならず、従来PCT出願の利用があまりなかった大学やベンチャー企業なども積極的にPCT出願を行うようになった。筆者も多くのベンチャー企業とおつきあいがあるが、その企業の死命を決するような重要な発明は日本のみならず、マーケット国である米国(バイオ・製薬等、技術分野によってはヨーロッパを加える)、生産国である韓国・中国に特許出願をすることが常識化しつつあり、多くの企業が従来型のパリルートによらずPCTルートによる出願を行っている。 このように、PCT出願の増加は日本の知財立国政策の一つの成果と見ることができ、概ね、順調な推移をたどったものであると評価することが可能である。

[注1]Patent Cooperate Treaty(特許協力条約)の略。PCTは、国際特許出願の手続を定めた国際条約であり、主要国は全て加盟している。また、PCTに基づく多国間の特許出願のことをPCT出願(国際特許出願)という。
[注2]国連の一機関として、世界の知的財産制度を管轄する機構。国際特許出願の運営を行う他、先進国・発展途上国間の制度ハーモナイゼーションやGATT・TRIPS協定に代表される各種知財関連条約の整備、発展途上国に対する知財制度支援などを幅広く司る。